テーマ『お金より大事なもの』
学校で作文の宿題が出た。テーマは「お金より大事なもの」。
「お金より大事なもの、かぁ……」
改めて考えてみると、なかなか自分なりの答えが決まらない。タクミは帰る準備をしながら、心のなかでウンウン首をかしげて悩んでいた。
「タクミくんは、お金より大事なものって何?」
不意に声がして、タクミは隣の席に座るカオリを見た。
急に聞かれて言葉に詰まる。とっさのことに、タクミは思い浮かんだものを口にした。
「そりゃまぁ……家族とか、友達とか? ……カオリちゃんは、何が大事なの」
タクミの質問に、カオリはきっぱりとした口調で応える。
「私はお母さんかな。私の家、母子家庭だからさ。何があってもお母さんは大切にしたい」
「そっか、お母さんが大事なんだね」
「いやいや、まずは自分が一番大事だろ」
話に割り込んできたのは、左隣に座るタケルだ。
「金が無くなっても、自分の体があれば、そこからなんだってできるからな。家族を助けるのだって、そもそも自分自身がいなけりゃなんにもできないぜ」
「なるほど。確かに」
タクミは自由帳を開き、最初のページの端の方に『お母さん、自分』と走り書きをした。自分が作文を書くとき、参考にするためだ。
「心が通う人がいればなんでもいいって……変かな」
背後から、控えめな声が聞こえた。後ろの席に座るユウキだった。
「心が通えばなんでもいいって……それって、どういうこと?」
タクミが尋ねると、ユウキはうつむき加減に口を開く。
「もし仮に、お金が無くなって何も買えなくなって、死ぬしかなくなっても。そばに、誰か自分にとって大切な存在……例えば犬とか猫でもいいけどさ。誰か自分にとって安らぎになる存在がいれば、それでいいと思ったんだよ」
──あくまで噂だが。ユウキは訳あって祖父母のところで暮らしていると聞いたことがある。ユウキこの考え方は、彼の生い立ちが関係しているんじゃないかと、タクミはぼんやり思った。
「んじゃあ俺、部活あるから行くわ」
運動靴を持ったタケルが、「じゃ」と片手を上げて教室を出ていく。
「私も習いごとがあるからいくね。また明日」
続いてカオリも、カバンを背負って帰ってしまった。
「じゃ、僕も帰ろうかな」
席を立つタクミに、ユウキがぼそりと呟いた。
「タクミくんは、作文になんて書くの?」
少し考えてから、タクミはさっきより芯の通った声で答える。
「お金が無くなっても、今自分にできることを精一杯生きられるように。『今』を、大切にしよう……なんて、ちょっとカッコつけかな」
はにかみながら言うタクミの言葉に、ユウキはふるふると首を振った。
「いいんじゃない。……ぼくは、タクミくんと話してる『今』も好きだよ」
そう言いうと、ユウキは「また明日」といってスタスタ教室を後にする。
一人残されたタクミは、自由帳の端に「今」と書いてカバンにしまい込んだ。
3/8/2023, 1:18:14 PM