#キンモクセイ
キンモクセイの約束
駅前の並木道に、今年もキンモクセイが香り始めた。
橙色の小さな花が風に揺れるたび、あの日の記憶が蘇る。高校の帰り道、彼女はいつもキンモクセイの木の下で待っていた。制服のリボンを少し緩めて、風に髪をなびかせながら。
「この香り、好きなんだよね。なんか、秋が来たって感じがする」
そう言って笑った彼女の横顔が、今でも忘れられない。
卒業の日、彼女は突然転校することになった。理由は聞けなかった。ただ、最後にキンモクセイの木の下で会ったとき、彼女は小さな瓶を手渡してくれた。
「これ、キンモクセイの香水。来年もこの季節になったら、ここで待ってるから」
それから何年も、秋になるたびに僕はその場所に通った。けれど彼女は現れなかった。
今年もまた、キンモクセイが香る。瓶の香水はもう使い切ってしまったけれど、香りだけは記憶の中で鮮やかに残っている。
ふと、並木道の向こうに人影が見えた。風に揺れる髪、懐かしいリボン。
「…待たせちゃったね」
彼女は微笑んだ。キンモクセイの香りが、ふたりの間をそっと包み込んだ。
11/4/2025, 9:39:49 PM