見た目は確かに、美しい顔立ちをしていた。
でも…
まるで、そう。
歩いた先から花が咲き誇るような
そんな男だった。
『誰もが振り向いてしまうような、そんな人間になれたのなら、僕はやっと、君にー…』
「………君に…」
ありふれた言葉を打とうとした手は、ぴたりと固まるように止まった。
さっきまで、すらすらと浮かんできた文章たちが“気付いたら居なくなっている”ような、そんな感覚がする。
上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
こんな時は、一旦書くのを止めるしかない。
時計を確認する。
まだ、午後1時半前だ。珍しくお昼時に止まった。
ならば、やる事はただ一つ。
「とりあえず、何か口に入れなきゃ…」
台所のある方を見る。
何があったかな………
…………食べるの、面倒くさいな………
向かおうとした足は踵を返し、机の近くに置いてある引き出しから、ラムネを取り出した。
取り敢えず、糖分だけでも取っとこう。
常備してある袋の中から、ひとつ取り出した。ピンク色のラムネだ。
口に入れてから、視界の端に見えていたピンク色に目をやる。
窓の外に、芽吹き始めた桜の花だ。
口の中は苺味なのに、視界は桜なんて…変な感じだ。
今の自分の心もそんな風に、何故だか考えても、上手く形にできない。
そもそも、向き合うべきなのだろうか。
進まない原稿用紙に目を落とす。
いつも自由気ままに書いている物ではないそれは、今抱えている原因の元凶からの依頼だ。
元凶を主役にした物語りを、作る事になってしまったのだ。
特に意識していなくても視界に入る(………まあ、それは、自分に限った話ではないだろうが)。
校内を歩いていれば、何処からともなく黄色い声が聞こえ、その元を辿れば、案の定少し明るめな色の頭に、端正な顔立ち。
あいつだ。
校内でアンケートを取れば、知らないなんて人は居ないであろうその人物。
最初は、その他大勢と同じ様に、傍観者でいた筈の自分は「頼もーっ!!!」と、ソレが声高らかに文芸部に入ってきたあの日から、傍観者では居られなくなった。
目が合えば遠くからでも声を掛けられ、付き纏われ、書いてくれと頼まれ続け、黄色い声の主達からの圧にも胃がキリキリし始めた頃だった。
『要件は基本メールで。校内で気安く声を掛けてくるな。直接話すなら、指定した場所にお前が来い。』
と言う条件を出して仕方なく書くことにした。
何が駄目だったのかと、不思議な顔をしながら承諾してくれた。
無自覚とは、恐ろしく罪だ。
その無垢な瞳を、呪う様に睨んだ。
これで校内での平和は戻ってきた。
だがしかし、書かなくてはならない。嫌でも。
自分の空想とはまた違う、あの煌びやかを背負った様な男を題材に…
しかも、演劇部で使う目的の台本だ。
適当に仕上げた物では、流石に他の方に申し訳ない。
2個目のラムネを口入れ、頬杖をつき、目を閉じる。
瞼の裏に、あいつの顔を思い浮かべ……
……………………………………ようとしなくても、自然ともう出てくる。
それぐらい見慣れる程、毎日の様に顔を合わせていた。
思い出すのは、笑顔ばかりだ。
……………他の表情を、ほぼ見ていないことに気付いた。
だから、書けないのでは、ない、か…………?
「…ーと言うことなので、原稿を進める為にも、致し方ないので学校に来ている日は、1日1回。直接顔を見て喋る時間を取ってもらいます」
「それは別に構わないが…い、致し方ないとは…」
「そのままの意味だが」
「そんなこと言われたの初めてだ…」
ガーンと言う効果音が似合いそうな顔だ。
これは初めて見る。ちゃんと観察しておこう。
それにしても、まじまじと至近距離で見るのは久方振りだ。
あの条件を出して以来、律儀に守っていてくれた。
偶然目が会う状況はあれど、ブリキ人形の様なぎこちない動きをしながらも、お互い赤の他人です。と言う様な距離を保っていた。
…こんな顔ですら、相変わらず花がちらつく。
「…………………………………………あの、だ、な……」
観察するのに夢中になっていたのか、気付けば、人一人通れるか通れないかくらいの距離で彼の顔を下から覗き見ていた。
「あ………。ごめん。距離を間違えた」
「い、いや。その…俺が…慣れていないせいで、ご迷惑を(?)」
「慣れてない?あんなに人に囲まれておいて何を…」
言いかけた言葉が止まる。
だって……………なんだ、その顔………
その、咲き乱れる様なそれはまるで
〈空想の何倍も鮮やかな〉
(お待たせ致しました。前回の話よりも、少し前の話にしてみました。…本当は、別の第三者目線にしようかと思ったのですが、お題的に 鮮やかさ を残した方が良いかと思いまして…。そして、これ以上続きを書くと、凄く長くなりそうなので、ほかお題消化の為にも、ここで切らせて頂きます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。)
3/28/2025, 5:01:45 AM