“逃れられない”
最初にその目と目があった瞬間、目をそらすことができなくなった。
物心ついた時にはもう事なかれ主義だった。
できれば目立たずひっそりとやり過ごしたいと、15年間波風を立てずに生きてきたはずだった。
なのに、その突き刺す様な冷ややかな目に睨まれた途端に俺の心には暴風が吹き荒れて絶対にこいつには負けてやらない、という強い意地で睨み返していた。
ここは高校の入学式で俺はその新入生で、彼は同じ高校の先輩だったがそんなことは多分彼も気にしちゃいなかった。
彼は在校生代表の原稿を握りしめながらこちらに向かってきたので、俺も負けじと新入生代表の原稿を握りしめて歩み寄る。
彼の事は噂でなんとなく知っていた。
眉目秀麗、文武両道、そしてとてもプライドが高くてすぐ怒る、歩く地雷原なんて呼ばれているらしかった。
去年、歴代トップの成績で首席合格したらしいのだが今年俺がうっかりそれを塗り替えて合格してしまった。
絶対に目をつけられてるぞなんて中学の友人に言われたときはどうにかして逃げてやり過ごそうと思っていたはずだったのに。
その目と目があった瞬間に、逃れられないと悟った。
いや逃げたくない。絶対に負けたくないと思ったのだ。
「お前が今年の首席か?」
「はい」
「ふうん……。まあ、おめでとう」
「ありがとうございます。これからお世話になります」
額と額がぶつかるほどの距離でようやく歩みをとめた彼が差し出す右手を渾身の力で握りしめてやれば、彼はニヤリと笑って同じ様に握り返してくる。
遠巻きに、同じ中学だったやつらが物珍しげにしているのが見えた。あの事なかれ主義の俺がまさかあの歩く地雷原から逃げ出さないなんてというところだろう。
俺だってまさか自分に逃げたくないなんて感情が芽生えるとは思わなかった。
握りあった右手がそろそろ痛い。
だけど絶対コイツからは逃げたくない。
やっかいな高校生活からは逃れられそうにないが、でも想像していたよりずっと楽しい日々になりそうだ。
5/23/2024, 3:28:35 PM