冬眠

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「空が泣く」

 明日には帰ると誓った。それでもその約束を守れないとき、私が置いていく石を海に投げ捨ててくれと伝えた。妻は静かに頷いて私を見送り、その姿が小さく見えなくなるまで振り返り続けた。
 雨の降る日だった。雨は全てを流してしまうため、別れの日とするには最適であり最悪だと言われている。いなくなってしまった人に心をとらわれること無く生きていくための救いを送る雨と、別れたくなかった人を無慈悲に消し去ってしまう雨。私はそれが前者であればあるほど心苦しくなかった。妻に辛い思いをしてほしくないから。
 明日には帰れないと悟ったのは、山賊に襲われた時だった。適度な負傷を受けた時にうわぁと情けない声を上げて倒れたが、山賊はしばらく私を傷つけ、本当に動けなくなってから金品を奪っていった。それは私が妻に贈るために購入してきた金であったのに。
 果たして妻は石を海に投げ捨てただろうか。行き着く先が海である目の前の川へ、身を落とす。私は、この先妻が想いを馳せるであろう海へ向かうのだ。

9/16/2024, 1:58:59 PM