お題:Kiss
ページをめくった瞬間飛び込んできたキスシーンに、私は絶望した。
「なんでキスするんだよ! おかしいでしょうが!」
「え?」
放課後の教室で、抑えきれない気持ちを一人吐き出したつもりだった。なのに誰かの困惑の声が聞こえる。椅子に座ったまま声のほうを見ると扉に人影があった。学ランの襟のホックまできちんと留めている委員長だ。
委員長イコール真面目。その等式がすぐさま頭に浮かび、そして自分の状況を思い出して慌てる。学校に漫画の持ち込みは禁止されていた。
「い、委員長……あのこれは、カバーは漫画だけど中身は教科書だから、漫画読んでたわけじゃなくて……」
「それってユニバースピースの新刊?」
「そうだけど、なんで委員長知ってるの?」
「知り合いにその漫画好きな子がいて、それで僕も読みはじめたんだ」
「意外。漫画読むんだ」
「まあ、いろいろ勉強のためにね」
私の好きな漫画を委員長も読んでるという予想外の喜び。胸の底からぶくぶくと湧く感情に体が飛び上がりそうになるけど、その前に漫画好きとしてやってしまった過ちを謝罪しなければならない。「ごめん!」と委員長に向けて両手を合わせる。
「思いっきりネタバレしちゃった」
「ネタバレ大丈夫だから気にしないで」
なんでもないように委員長は手を横に振る。私の中で委員長への認識が急激に変化した。「ちょっと語っていい?」となかば強制的に、溜まりに溜まった思いを同志へとぶちまける。
ユニバースピースは私の好きな漫画で、宇宙を舞台としたバトルあり恋愛ありの物語だ。友達にも布教してるけどいまいち反応はよくない。だから委員長は数少ないユニバースピース読者の同志なのだ。
「――でね、敵対してたはずのヒロインと悪役が、ちょっと協力して戦ったからってキスするのおかしいと思わない? キスシーン入れときゃ盛り上がるだろっていう風に感じて嫌だったの」
「それは嫌だね」
ふむふむ、と真剣な顔つきで委員長が同調してくれる。おかげでさっきまで居座っていたわだかまりが少し晴れた。
「じゃあ大宅さんはどういうキスだったらいいと思うの?」
唐突に委員長が質問を投げかけてくる。
「えー……雰囲気があって、ときめく感じ、かな」
「わかった。今後の参考にするね」
委員長は、はにかみながら口角をぎこちなく引き上げて笑顔を作ろうとする。その表情を見て、私の中で点と点が一本の線で繋がった。
委員長にはキスをしたいと思うほど好きな子がいる! その子といい関係になるために漫画を参考にしようとしてるんだ! さっき委員長の言ってたユニバースピースを好きな知り合いが、もしかしてその子なのかも!
そうとなれば、バトル要素のない恋愛漫画をいくつか勧めなければいけない。自分の知る限りの恋愛漫画を思い浮かべ、委員長に紹介するべきものを脳内で厳選しはじめた。
2/4/2026, 9:20:13 PM