sairo

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「やめろ!くるな!あっちいけ!」

毛を逆立てて、猫は威嚇する。

「ごめんね。でも仕方がなかったんだ」
「猫が悪いんだろうが。いつまでも我儘言ってんなって」

蜘蛛の片割れは悲しげに眉を下げ、もう片方は呆れたように窘める。
そのどちらの態度も、猫は気に入らなかった。

「猫に何をしたか忘れたのか!本来ならば万死に値する愚行だぞ!」

差し出された手に爪を立て、距離を取る。傷つけてしまった事に心が痛むが、それよりも怒りの方が勝っていた。

「猫は暫し一人になるぞ!決めた。今、決めた。猫は家出をする!せいぜい後悔する事だ!」

高らかに宣言し、蜘蛛らの手が、糸が猫を捕えるよりも疾く、地を駆ける。後悔しろ、と胸中で繰り返し、感情の赴くまま行動する。
振り返る事はなく。呼び止める二人の声は聞こえない振りをした。



一日が過ぎ。三日過ぎ。
七日が過ぎて、猫は少し後悔をしていた。

言い過ぎただろうか。泣いてはいないだろうか。
ちゃんと食べているだろうか。狐や狸に襲われてやしないだろうか。
寂しくはないだろうか。

すでに怒りは鎮まり。今あるのは蜘蛛らに対する心配だけだ。

やはり探しに行こうか。

そうしよう、と頷いて起き上がる。一つ伸びをして、寝ていた木の枝から飛び降り。勘を頼りに駆け出そうとして。


「やっと見つけた」
「ったく、心配かけさせんな」

求めていた二人の声に、迷わずそちらへ飛び込んだ。

「銅藍。瑪瑙。心配したぞ!」
「心配したのはこっちだっつうの!」
「怪我はしてない?」

抱き上げられ、怪我の有無を確認される。無遠慮に撫で回されるがそれすら今は心地よく、喉を鳴らして機嫌良く尾を揺らした。

「ま、俺達も悪かったよ」
「ごめんね。もうしないから」
「そうだぞ。もう二度としないでくれ。あんな、思い出すだけでも恐ろしい…」

あの日を思い出し、思わず毛が逆立つ。宥めるように撫でる二人の手に擦り寄れば、愛おしげに、呆れたように笑われた。

「元はと言えば、猫が悪いんだろうが…泥まみれで百足なんぞを追いかけやがって」
「だからといって、猫を洗おうとする奴があるか!湯に浸けられた、あの時の猫の気持ちが分かるか!?恐怖と絶望で死ぬかと思ったぞ」
「うん、ごめんね。今度からは別の方法を考えるよ」

蜘蛛の言葉に微かに引っ掛かりを感じたものの、まあいいかと思い直す。そもそも猫は恨み深いが単純なのだ。蜘蛛が二度としないと言うならば、それ以上を追求するつもりはなかった。

喉を鳴らし、目を閉じる。蜘蛛がいるのだから、少し眠ってもいいだろう。

「おやすみ、猫」

優しい温もりに、一人ではない事に安心する。
一人というのは今の猫にとって、存外落ち着かないものらしい。

いずれ別れが訪れるというのに、これでは駄目なオヤだな、と。
微睡みの中、蜘蛛のため、猫のために子離れを考えた。



20240801 『だから、一人でいたい。』

8/1/2024, 8:31:12 PM