ここはとある中華料理店。
早い、安い、ウマいの三拍子が揃った店で、地元の住民が足繫く通う人気の中華料理店であった。
たくさんの客で常に賑わっているこの店が、今日は不気味なほどに静寂に包まれていた。
客がいないわけではない。
いつものように、店内には大勢の客がいるのだが、誰もが皆口を閉ざしていた……
彼らの前で、目が離せない大事件が起こっていたのである。
それは、大食いチャレンジ。
開店以来、だれもクリアした者がいないという、伝説のチャレンジである。
賞金100万円、時間無制限。
ただ出される10種類の料理を完食すればよいという、比較的条件が緩めのチャレンジである。
だがこれをクリアした者はいない。
ある時は力士、ある時は大食い芸能人、果てはプロの大食いバトラーまでやってきたが、全員敗れ去った。
劇辛カレーや、劇甘ケーキ、デカ盛りスパゲッティー、鍋に注がれた味噌汁……
一つ一つは完食出来ても、すべてを食べきるのは物理的、精神的に難易度が高かった。
賞金額に目が眩み、ひっきりなしやって来た挑戦者は悉く返り討ちになり、破られたことのない伝説のチャレンジとして有名なのである
だというのに、チャレンジがクリアされそうになっているのだから、客たちは穏やかではいられない。
しかも、その挑戦者が小柄な女の子だというのだから、なおさらである
「あの小さな体のどこに入っているんだ!?」
「分からん。
ただ一つ言えることは、あの少女の胃袋は宇宙だということだ」
彼女は花の香りと共に現れた。
可愛い洋服に身を包み、漂ってくる香水の香りが生まれの良さが伺える。
けれどスカートは短く、服も適度に着崩されている様子は『どこにでもいるオシャレが大好きな女の子』であった。
「まさか『花の少女』か!?」
しかし、客の一人が気づく。
やって来た少女の正体に。
「なんだ、それ?」
「大食い界隈で有名な奴だ。
花の香水をつけて大食いチャレンジに挑むからそう名付けられた。
様々な大食いチャレンジをクリアしてきた超大物さ」
訳知り顔の客の説明に、聞いていた誰もが本気に取らなかった。
いくらなんでも、あの小さな体では大食いは出来まい。
そう思っていた。
しかしどうであろう。
歴戦の勇者たちを葬ってきた料理の数々が、簡単に平らげられていく。
鬼門と言われる激辛カレーも、涼しい顔で食べた。
時折流れ落ちる汗を優雅にハンカチで拭く様子は、大食いしているようには見えない。
最初は誰も取り合わなかった話も、ここまで来ると信じるほかは無かった。
そして観客が見守る中、9皿目の料理が出て来る。
クリームマシマシ、フルーツマシマシの超特大パフェ。
あまりのハイカロリーに、見る者を胸焼けさせる特級呪物。
しかし少女は、それを危なげなく平らげてしまう。
目の前で起こっている異常事態に、観客の心のざわめきは大きくなるばかりであった。
「これ、いけるぞ。
あの女の子も余裕そうだし、初クリアだ!」
「いや、無理だ」
「次の料理に何かあるのか?」
「ここまで食べた奴は何人もいた。
だが全員最後の料理でギブアップした。
チャレンジクリアは叶わぬ夢さ」
「いったい何が?」
「すぐに分かる」
観客が話し込んでいると、店の奥の奥から店員が出てきた。
店員が持っている銀のトレイの上には、小さな缶詰が一つだけ。
今まで特大の料理が出てきただけに、多くの観客たちは肩透かしを食らっていた。
「あれが最後の料理?
ただの缶詰じゃないか……」
「ふん、知らなければそう思うだろうな」
訳知り顔の客は鼻を摘まむ。
その瞬間、店内に猛烈な激臭が立ち込める。
店員が、もって来た缶詰を開けたのである。
「うわ、何だこれ!?
臭い、臭いぞ」
客が騒ぎ出す。
あまりの匂いに急いで距離をとるが、ここは狭い店内。
逃げる場所など無く、ただ鼻をつまんで耐えるしかなかった。
「そりゃ臭いさ。
あれは世界一臭い食べ物と名高い、シュールストレミングの缶詰めさ」
そんな中、訳知り顔の客だけ落ち着き払っていた。
もっとも腐臭に顔をしかめていたが。
「さて挑戦者はこの匂いの中、食べきれるかね」
観衆が見守る中、少女はシュールストレミングに箸をつける。
今まで余裕を振りまいていた彼女も、この時ばかりは顔をしかめていた。
想像を絶する匂いに、さすがに気後れしたらしい。
しかし逡巡は一瞬の事。
すぐに口に運び、シュールストレミングを食べ始める。
その目には激臭による涙が浮かんでいたが、観客たちも激臭によって涙ぐんでいたので誰にも知られることは無かった。
嫌な時間は早く終わらせるに限ると、シュールストレミングをどんどん口に放り込んでく少女。
しかし少女の限界が近いのか、徐々に顔が険しくなっていく。
少女は匂いのキツイ料理は苦手だったのだ。
ハラハラしながら見守る観客の中少女は食べ続け、ようやく完食した。
店内は喝采で溢れた。
少女の顔は酷いものだったが、誰も気にしなかった。
客たちは目の前で起きた奇跡に感激し、少女を讃え始める。
賞金を払わないといけない店主ですら感激で涙を流し拍手していた。
「凄いもん見た!」
「こりゃすげえぞ。
奇跡だ。
感動した!」
「花の少女、ばんざーい」
「「花の少女、ばんざーい」」
観客たちは、感動のあまり万歳三唱し始めた。
中には写真を撮ろうとする者もおり、少女はそれに応えてポーズを取る。
誰もが感動し、涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。
その時だった。
店の入り口の扉が開く。
新しい客がやってきたのだ。
「うわ、臭っ」
何も知らない客は、店に入るなりそう漏らす。
換気はしているものの、シュールストレミングの匂いがまだ抜けきっていないのだ。
「花の少女?」
客の耳に飛び込んできた謎の言葉。
それを異様な匂いと結び付け、何が起きたのかを推理する。
「悪いタイミングに来たなあ。
まさかラフレシアが咲いているとは」
3/20/2025, 6:38:52 AM