海がよく似合う子がいた。
真っ白な肌に、海のように美しい瞳。透き通る黒い髪の毛が風に靡いて、今にでも波に攫われてしまいそうな、そんな子だった。
彼女は、体が弱くて滅多に外に出られなかった。いつも寂しそうに窓の外を見ていたから、僕は彼女の代わりに外に出た。
道端に咲いていたたんぽぽ。
公園に落ちていたどんぐり。
浜辺で拾った貝殻。
僕は彼女に会うたび、外からのささやかなお土産を渡す。どんなにちっぽけな物でも、彼女は嬉しそうに喜んでくれた。
彼女は貝殻を耳に当て、目を瞑る。
「何してるの?」と聞いた僕に、彼女はそうっと、「こうしていると、海の声が聞こえるの」と言った。
不思議に思った僕も貝殻を耳に当ててみたんだ。でも、海の声なんて聞こえやしなかった。
「僕を揶揄ってるんでしょ!」
「ふふ、そんなことないよ」
彼女にだけ聞こえて、僕に聞こえないことが悔しくて、僕は何度も貝殻を耳にあてた。
結局、海の声なんてちっとも聞こえなくて、彼女はそんな僕をみてくすくすと笑っていた。
今思えば、彼女との会話は、これが最期だった気がする。
静かに眠りにつく彼女は、まるで真冬の海のように冷たい。僕の心は、深海に沈む沈没船のように悲しさと寂しさが入り混じっていた。
彼女の側にそっと置かれている貝殻を、僕は手に取る。
「…やっぱり、海の声なんて聞こえないじゃないか」
海がよく似合う子がいた。
海の声が聞こえる、不思議な子だった。
もう二度と会えないけれど、僕は彼女に逢いに、今日も海に行く。
『貝殻』
9/5/2024, 11:58:37 AM