目を細めた先に
まだあの日の空は、ある。
厚くて重たい午後だった。
熱をもった風が、
制服の襟をわずかにめくった。
自転車のペダルの音だけが、
通り過ぎた時間の最後尾を引きずっていた。
──戻りたくはない。
でも、見ていたい。
公園の水道は斜めに傾き、
赤く錆びた鉄棒に、
誰の名でもない落書きがかすかに残っていた。
わたしたちがあのときに話した言葉を
もう思い出せない。
笑った理由も、
泣いたことも。
なのに、
夕日だけは覚えている。
見えない膜を通して差し込んでくる、
あの橙の光。
西に吸い込まれていったわたしたちの影。
今の私があの日にいたなら、
何を変えられただろう。
何も変えられなかっただろう。
だから、今もこうして思い出してしまう。
景色は、
もうそこにはない。
でも、
そこにいた「わたし」は、まだここにいる。
あの日の景色は、
失われた世界の手がかり。
そして、
見失いたくない誰かの影が、まだ
そっと、
記憶に差し込んでいる。
7/8/2025, 10:50:37 AM