華音

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泣かないよ

「泣かないの!!」
「こんな石ころに負けちゃダメなの!」
「あんたは石より強いんだから!泣いちゃだめ!」
小さい頃から、姉にかけられ続けた言葉だった。姉とはよく外で追いかけっこをして遊んだものだ。その度に擦りむいて、傷口にそんな言葉をつけられてきた。
そんな事言われたって、痛いものは痛いし。そもそもこんなところに石があるのが悪いんだ。
まず石より強いって、何よ。物と人は比較対象じゃないでしょ。当時そんなことが言えれば良かったけど、小さい頭と身体では、考えるには痛いという感情を消さなければいけなかった。そんな事できるものか。痛い以上に出てくる言葉なんてひとつもなくて、次に出てくるのは大声と涙だった。
それでも姉とやる追いかけっこは楽しくて、何度擦りむいても、何度泣いてもやり続けた。
泣いちゃだめ、という言葉と共に。
時が経ち、追いかけっこよりショッピングが好きな歳になった。
一人暮らしをしたことで、姉と全然話さなくなっちゃったし、昔のおもちゃとも、遊ばなくなってしまった。
…机に向かう作業が苦手なことは、昔から変わらないけど。
社会人になり、職場が決まったのは別にいいことだ。でも仕事が想像していたよりハードすぎる。何度企画案を提出しただろう。全て変なところで辻褄が合わなくなって、却下されてしまう。
何をやっているんだか。私の考えていた人生と全然違うじゃないか。回らなくなった頭すらも夕日の光が照らしていた。
どうしよう、もうすぐで締切。このまま上手くいかなかったら。
なんて嫌なことが頭の奥をぐるぐると回る。このままじゃ打開案なんて出るわけない。
ふと夕焼けに目をそらす。
懐かしい。小さい頃はこの時間まで近くの公園で姉と遊んでいたものだ。
擦り向くと分かっていながら走り回っていた、あの頃が懐かしい。
あぁ、あの頃に戻りたい。大人になると子どもに戻りたくなるというのは、事実なのかもしれない。何をやっているんだろう、と思わず目元が滲んでくる。惨めだ。仕事に追われて、それで上手くいかないだなんて。なんて惨めだ。
「泣かないで!!」
あの頃を思い出すと、同時に姉の言葉も反芻してくる。ああうるさいな、大人だって泣きたい時はあるんだよ。
「こんな石ころに負けちゃだめなの!」
石ころ。追いかけっこするには邪魔な存在だった。まるで今の私の人生を邪魔する、仕事のように。
「あんたは石より強いんだから!!」
石より強い。今の私で言う、仕事より強いって事なのかな。
まさか、考えすぎ?
そこに石があろうと、楽しいから何度だって追いかけっこして、何度だって転んだ。痛かった。でもそれ以上に楽しかったんだ。
……今までだって、そうか。
まだまだ社会人としては未熟だけれど、人生はそれなりに長く生きてきたんだ。大変な事だって多く経験してきた。
それでも、何度でもやり直して、立ち上がって、歩いてきたんだ。
そうだ、痛みを恐れず挑戦をやめなかったんだ。
「石より強い」
そうか、私は苦労をもろともしていなかったんだ。
深く考え過ぎ?
だとしてもいい。まさか小さい頃の姉の言葉に元気づけられると思っていなかった。姉はこれを見越してきたのか?
いや、なんだっていい。だって私は、負けたりしないんだから。
「泣かないよ」
誰に言うでもない言葉をかけて、私は企画書に目線を戻した。

3/17/2026, 2:34:52 PM