すみれ

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春風がひらりひらり。はらりはらり。
1年間待ち焦がれていた瞬間が今日やってきた。
ほどよく暖かくて頬を撫でる風は時空を歪ませる。
ノスタルジックな言葉に表せない感情に包まれて、路地裏のすみっこでひとり立ち尽くして頑丈そうな太い幹を見つめた。
ちょうど3年前だ。卒業式のあと、君とふたりきりで最後の時間を過ごしたこと。

「ずっと隠しててごめん。」

聞いた事のない単語ばかりだったけれど、それが病名であることはすぐにわかった。
ドラマみたいな話だった。
信じられるはずがなかった。
“別れる”訳ではない別れが目の前まで迫っていることを突然告げられた私の涙を君は全身で包み込んでくれたよね。泣きたいのは、君のほうなのに。
私たちに永久の幸せの権利は与えられなかった。

最初のころなんて情けないほど盲目だった。
「なにがあっても大丈夫。」
どこから湧いてくるのかも分からない自信に溢れて、未来なんて見ないようにしていた。数年先でも同じように、手を取り合って生きていく未来しか見えない魔法にかけられていた。

春風を嗅ぐとそんな記憶が蘇る。あの日の決意が、とっくに捨てたはずの思い出が心に帰ってくる。
無理やり忘れようとしたことも、忘れる選択なんてできなかったことも、全部。

すれ違う人の横顔がふと重なり合って、思わず振り返っては胸の高鳴りが抑えられない。
期待を膨らませて見つめた先に君はもういない。「またあしたね。」
そういって笑っている君は、どこへ行ってしまったの。

春風よ、あの人を返して。
あの日に戻らせて。
最後にひとつだけ、もう一度だけ伝えさせて。
どうかあの日の風にのって届きますように。

愛してるよ。またあおうね。ぜったいに。

3/15/2025, 9:46:53 AM