風に、白い布がはためく。
薄い影が、カーテンの表皮をなぞるように動く。
そっとキスされたようにいつのまにかできていた、虫刺されのふくらみを、無意識にひっかいた。
カーテンが、誘うように風にはためく。
薄い影が、カーテンのひだに浮き上がるように動く。
カーテンの向こうにいる何者かたちの姿は見えない。
なめらかな曲線の輪郭だけが、まるで誘惑をするかのようにくっきりと、カーテンの表皮を滑っていた。
私はただ、その不思議な影と涼しげにはためくカーテンとを、ただ眺めていた。
私がいる方は、ひどく蒸していた。
中途半端に上がり続けた気温と湿度とが、ねっとりと絡み合い、肌に不快な空気を醸成していた。
影はなめらかに、まるで蒸している不快な肌触りの空気などないかのように、優美に動き、カーテンの中を自由に、するすると這い回っていた。
私はただ、この状況に冷静な分析も客観的な視点も持てずに、得体の知れないその影に目を奪われ続けていた。
その影は、人間の女のようになめらかで美しい曲線を持ちながらも、明らかに五体よりもずっと多い付属品を、巧みに、滑らかに操り続けていた。
その数々の腕に抱きすくめられ、撫でられている、ひかえめでなめらかな少女のような曲線が、体をすくめるようにびくり、と動いた。
なにやら、ふんわりとした香りが鼻腔をくすぐった。
そこで、私は初めて、自分が調査員であったこと、そしてこの影の主である未確認生物と、それの恋人らしい人間と、二人が暮らすという家に調査として踏み込んだことを思い出した。
あの、なめらかに優しく動く、多腕の生物を研究所に“保護”するために、ここにいることを、思い出した。
目の前では、相変わらず影が、なめらかに美しく、睦み合って、カーテンの表皮をなぞっていた。
私は唾をのんで、彼女らが満足するまで待とう、と思ったら。
カーテンを剥ぐことが、私にはどうしてもできなかった。
6/30/2025, 10:36:59 PM