池上さゆり

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 その子は好きな人ができると、まるでその人しか世界に存在していないかのような、依存しきった行動をとるようになる。普通の人なら嫌ってしまうものの、彼女が誰よりも可愛いから誰もその異常に気づけない。
 僕だって彼女に恋をしたひとりだ。だけど、そのとき彼女には好きな人がいて僕のことなんて眼中にないようだった。
 だから、時が来るのを待った。彼女が彼氏に振られて傷心のところ狙おうと考えていた。毎日目で追っているとそれは実にわかりやすい変化だった。コロコロと変わる豊かで可憐な表情が、突然光を失ったかのように闇に落ちる。これを逃すわけにはいかないと思って、帰り道で彼女が一人になっているところに声をかけた。
「どうしたの? なにかあったのなら話を聞くよ」
 会話をするのは初めてだったのに、彼女は突然大きな声で泣き出した。そして、話し始めたのは自分を振った彼氏のことだった。振られた経緯を話した後に、まだ好きなのにと言って泣き止まなかった。
「僕で良かったらまた話聞くよ。いつでも連絡して」
 そう言って連絡先を交換してその日は別れた。その日から僕から連絡をするようなことは一切しなかった。というよりも連絡しなくても、毎日決まった時間に彼女から電話があった。始めはまだ未練が残っている元彼の話ばかりだったのが、次第に学校での出来事や家での楽しかったことの話が増えていった。少しずつ元気を取り戻していったところで、そろそろデートに誘おうと思った矢先。彼女から好きな人ができたのと連絡が来た。ショックだった。こんなに好かれるように、鬱陶しがられないように頑張って行動してきたはずが、裏目にでた。ただの都合のいい人に成り下がってしまった。
 しばらくして、彼女から付き合うことになったから連絡先消すねと連絡が来た。仕方のないことだと思った。
 だが、これは失恋ではない。彼女のことをちゃんと受け入れて愛せるのは僕だけなのだから。また、振られた時は誰よりも早く僕が慰めに行くね。

6/3/2023, 5:50:07 PM