初音くろ

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今日のテーマ
《未来》





「もしも未来が分かったらどうする?」

読みかけの本を閉じて彼女が言う。
その手にあるのは流行りのライトノベル。

「今読んでるのは未来が分かる主人公の話なの?」
「正確には『死に戻り』かな。不遇な事態に見舞われて非業の死を遂げた主人公が、気がついたらなぜか過去に巻き戻っていて、そんな不遇な未来を回避するべくあれこれ頑張る話」
「ふうん」

それで『未来が分かったら』などと言い出したのか。
頷きながら彼女が示しているだろう前提を自分に置き換えて考えてみる。

「もしも未来に何か不遇な出来事が待ち構えているとして、それを回避できる手段があるなら、私もその主人公と同じように頑張ると思う」
「うん」
「逃げ出す手段があるなら逃げ出すのもありかな」
「それはお勧めしないな」

本を置いてにっこり笑う彼女に何だか嫌な予感を覚えて私は少しだけ身を引いた。
すぐに椅子の背もたれに邪魔されてそれ以上の距離は取れなかったけど。
まさかとは思うけど、もしかして彼女は何か私の未来に関することを知っているのだろうか。
そんな現実的じゃないことを考えてしまうくらい、彼女からは言い知れぬ圧のようなものを感じる。
私はごくりと唾を飲み込んで、そっと声を落として彼女に聞いてみることにした。

「何か、心当たりでもあるの?」
「……ないこともない、かな」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私死んじゃうの!?」
「それは分からないよ。人間なんていつか死ぬものだし、それが明日なのか1年後なのか50年後なのかなんて分からないでしょ。病気で明日をも知れぬ状態なら別だけどそうじゃないんだし」
「それはそうだけど……」

だったら何でそんな思わせぶりな態度なんだと問いたい。
何か言いたげな表情は「本当に心当たりはないの?」と言っているようで、私は恐怖を感じながらそれを紛らわせるように二の腕を擦る。

思い当たること、思い当たること――
知らず知らずの内に、彼女の雰囲気に飲まれて心当たりを考える。

「じゃあ、ヒント。こないだの試験の結果」
「あ……」

言われてスーッと血の気が引いた。
そうだった、こないだの試験はヤマが外れて散々だったんだ。
「大丈夫、大丈夫」と高を括って前日も勉強せずに遊びにいったりソシャゲのイベントに夢中になって、試験直前に適当にヤマかけしてノートを復習っただけで挑んだ結果、今まで見たこともないような点数を取ってしまった。
当然親からはこっぴどく叱られてお小遣いも減らされた。
もしも次の試験でまた同じような成績を取ったら夏休みのお小遣いは完全にカットすると脅されている。

「前回に引き続き今回もあんな成績だったら、夏休みは補習必至だよね」
「う……」
「お小遣いもカットされるって言ってなかったっけ?」
「うん……」
「夏休み、みんなが遊んだり部活に打ち込む中、わざわざ登校して補習受けて。お小遣いもないからどこにも遊びに行けず。今夢中で遊んでるそのソシャゲが原因に違いないって、スマホ没収される可能性もあるよね」
「いや、さすがにそこまでは」
「スマホは没収されないまでもゲームはアンインストールしろって言われるかもしれないよね」

にこにこ笑いながら追い打ちをかけてくる友人に対し、私にできるのは唸り声を返すことくらい。
伊達に小学校の頃から私の親友をやってない。彼女はうちの親の行動パターンをとてもよく理解している。
きっとこれは杞憂ではなく、今回も同じ轍を踏んだらたぶんきっと間違いなくそういう未来が訪れるだろう。
何が悲しくてそんな灰色の夏休みを過ごしたいと思うものか。

「私、今日はあんたの勉強を見るために来たはずなんだけど?」
「はい! すみません! ごめんなさい!」

私は慌ててゲームをセーブし、そそくさとスマホの電源を落とした。
そうだった。つい、いつも遊びに来た時と同じつもりで流しちゃってたけど、今日の目的はそれだった。
遅まきながらそのことを思い出し、大いに反省の意志を示して教科書とノートをテーブルに広げる。
成績の良い彼女は学校の先生なんかよりよっぽど教え方が上手い。
彼女に教われば、いくら頭の出来がイマイチな私でも期末試験できっと平均点以上を取ることが出来るはず。

非業の死を遂げるほどではないにしろ、どこにも遊びに行かれない補習で埋め尽くされた灰色の夏休みは高校生にとって充分すぎるほどの死活問題だ。
しかもお小遣い全面カット付きだなんて笑えないにも程がある。
私は姿勢を正して頼もしい親友に教えを請い、そんな不遇な出来事を回避するべく全力で勉強を頑張ることにしたのだった。





6/18/2023, 9:32:06 AM