せつか

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月の光が波に反射している。
寄せては返す波に乗って、冷たい光がゆらゆらと揺れている。昼の喧騒が嘘のように静まり返った海は、波の音以外何の音も聞こえなかった。

『夜は行くな』
そう言われていたのに、ホテルの窓から見下ろした月と海の光景があまりに綺麗で、まるで誘われるように私は誰もいない浜辺へと足を向けたのだった。

肌を焼く陽の光も、耳障りな笑い声も無い海は静寂そのものだった。
砂を踏む感触すら新鮮に感じられ、歩くだけでも充実した気持ちになってくる。

『夜は行くな』
私にそう言ったのは誰だったか。
その人はきっとこの居心地の良さを他人に知られたくなかったのだろう。そんな事を思いながらふと、月を見ようと顔を上げた時だった。

「こんばんは」
月の光を受けながら、寄せ来る波に爪先を濡らして佇む人がいた。
柔らかな笑みを浮かべている。
珍しい色の目をした人だった。
「夜の海には行くなと言われなかった?」
その人は少し首を傾げて、静かな声でそう言った。
波の音だけの世界の中で、その声は私の耳に心地よく響いた。
「何か危険なことが?」
私の問いにその人は笑みを返すだけだった。

二人の距離が縮まっていく。
伸びてきた指先が、私の頬をそっと撫でる。
月の雫が触れたように、冷たい指だった。

END


「夜の海」

8/15/2024, 3:34:58 PM