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未知の交差点


雨上がりの夕方、道路は夕焼けを映して淡いオレンジに光っていた。信号の青と赤が水たまりの中でゆらゆらと揺れる。
静かな住宅街の外れに、その交差点はあった。地図には載っていない。ナビに入力しても、道は途中で途切れる。
それでも歩いていくと、確かにそこに「交差点」は現れる。

四方向に道が延びているように見えるのに、視線を動かすたびに道の数が変わる。三本のときもあれば、五本、あるいは円のように繋がっているときもある。
信号は、誰も押していないのに変わる。風もないのに、カーブミラーの中で影が動く。

──そこに立ってはいけない、と昔から言われていた。

だが、あの日、踏み入れてしまった。
バイクで帰る途中、道を一本間違えた。それだけのはずだった。
曲がった先に見えた交差点で、彼はブレーキをかけた。空気が違う。
音が消え、雨の匂いもしない。時計の針が止まっているのに気づいたのは、ほんの数秒後だった。

中央に立っていたのは、誰かの影。
輪郭がぼやけて、性別も年齢もわからない。
ただ、翔の声に反応するように、ゆっくりと首を傾けた。

「──君も、道を探してるのか」

声は確かに自分の声だった。
目の前の影が微笑んだ気がして、息をのむ。
同時に、足元の白線が崩れ、世界がぐにゃりと歪む。
気づけば彼は別の場所に立っていた。

信号は青。だが、通り過ぎる車は一台もない。
背後を振り向くと、もうあの交差点はなかった。

ポケットの中のスマホが震える。画面には、自分の名前からのメッセージが一つ。

「今度こそ、正しい道を選べよ」

しばらく立ち尽くしてから、ヘルメットをかぶり直した。
再びエンジンをかけると、どこかで信号が赤に変わった音がした。

それが警告なのか、招待なのか──彼にはまだわからなかった。

10/11/2025, 11:01:02 AM