一ノ瀬 奏

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#16 ずっとこのまま

ずっと、このまま二人で一緒に笑えたら。
なんて、わがままは言わない。
だけど、覚えていてほしい。
俺のこと。

そこまで書いて、くしゃと紙を握る。
ありきたりなラブソングだ。
こんなんじゃ、誰も、聴いてくれない。
もっと、捻らないと。
新しい紙を取り出して、ペンを握り直す。
言いたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。
一文字も書けず、俺は考えるのを投げ出した。
布団に潜り込んで、頭を抱える。
次第に意識はとろけて沈んでいった。

ピーンポーン

玄関のチャイムが鳴った。
ほんとに間抜けな音。
あぁ、もうそんな時間か。
俺は、しばらく学校に行っていない。
理由をつけるなら、なんとなく作曲して、なんとなく投稿した弾き語り動画が、バズってしまったから。
とでも言おうか。
それのせいで馴染めなくなった、とか、いじめられた、とかそういうわけでは全くない。
その証拠に、毎朝、律が呼び出してくれる。
それを無視するようになって、どれくらい経つんだろう。
少ししか経ってない気もするし、もう引き返せないくらい時間が経った気もする。

いつも、玄関までは行く。
律が来てくれるのを待ってる自分もいる。
でも、ドアノブを握って、軽い力で押す、ただそれだけのことができない。
この数センチの板を挟んだ向こうには、「普通」の世界がある。
そこには、律がいて、学校のみんながいる。
俺は、たぶん「違う」。
だからもうそこに戻れない気がして、どうすればいいのかわからない。
沈黙が痛い。
律の呼吸が聞こえる気がする。
靴の音ひとつ聞こえないけど、たしかにそこにいる。
ドアノブも握れないまま、立ち尽くした。
ちら、と時計に目をやる。
八時一分。
もう行かないと学校間に合わなくなるぞ。
俺なんか、ほっといて学校行けよ。
そう言おうと、ドアノブに手をかけた。
そのとき、

「やっぱり、もう会えないのかな」

ドアの向こうで、か細い声が響く。
律の悲しそうな顔が頭をかすめて、俺は咄嗟にドアノブから手を離してしまった。
靴の音が、遠ざかっていく。

心臓の音がうるさい。
玄関の扉を背にして座り込む。
もう会えないのかな。
その声が、エコーのように頭に響いて、離れてくれない。
「会えるよ」
一人の玄関に、自分の声が浮遊する。
ずっと、このままなのかな。
突然、そんな不安が、むくむくと膨らんできて、手で顔を覆った。
これじゃ、ダメだ。
そう思って、自分の部屋に駆け上がった。

ギタースタンドの上のアコギに手を伸ばし、ピックケースからピックを引き抜く。
そして、脳の引き出しに入っているコードを全て引っ張り出して、組み合わせた。
曲が完成したら、今度は歌詞だ。
ゴミ箱を漁って、さっき丸めて捨てた紙を取り出す。
ペンを握って、言葉を綴りはじめた。
売れるとか、売れないとか、バズるとか、バズらないとか、そんなの、どうでもよかった。
律に、伝えたいことがある。
それだけ。
曲が完成して、早速、動画を上げようと、スマホの電源を入れる。
十六時二十七分。
もう、八時間も経ったのか。
こんなに夢中になって、曲を作ったのは久しぶりだった。
でも、まだ、終わりじゃない。
投稿完了。
その文字が浮かんで、そこで、プツっと意識が途切れた。

1/12/2026, 2:44:38 PM