ガチャリ
ゆっくりとドアを開けると、昔懐かしい匂いがしてくる。
かつて、寝起きしていた部屋だ。
『ただいま。』
足を踏み入れると、色んな記憶が呼び起こされる。
ベッドを買って貰って喜んだ小学生時代。
友達を呼んで遊んだ中学生時代。
受験勉強に苦しんだ高校生時代。
独り立ちして家を出てしまってからは、この部屋には寄り付かなくなった。
もう10年近くもこの部屋は使われていない。
母が気を遣って掃除はしておいてくれたのか、ホコリだらけということは無いが、殺風景な部屋になっていた。
『物置にでも使ってくれても良かったのにね。』
ふふっと笑いながら、窓を開けて換気をする。
懐かしい景色。
人間関係や将来に行き詰まった時にはよく外を眺めてた。
何が見えるかと言ったら、家の前の道路と真正面のアパートくらいだが、当時の私には考え事するのにはちょうど良かった。
『この景色も見納めかぁ……』
明日、結婚を機に県外へ引っ越す。
引越しの前に両親に会いに来たついででこの部屋を訪れたのだ。
『もう、こんな大人になったんだよ。』
ふと部屋に語りかけてみる。
もちろん返事が聞こえることはないが、私は続けた。
『いっぱい、お世話になったね。ずっとずっと見守っててくれてありがとうね。』
スっと壁を撫でる。
この家を出る時にもお礼は言ったが、もう当分戻ってくることはないだろうから改めて言いたくなった。
シン……と部屋が静寂に包まれる。
どこか寂しげな空気を感じた。
「そろそろ時間よー!!」
『はぁい。』
下の階から母の声がする。
どうやらタイムリミットのようだ。
窓を丁寧に閉めて、出口に向かう。
ふと、もう一度振り返った。
そこにはかつて部屋で過ごしていた私が見えた気がした。
人形で遊んだり、宿題をしたり、友達と遊んだり、ベッドで声を殺して泣いていたり。
懐かしさを感じつつも、私は一言。
『じゃあね。』
パタンっとドアを閉めて、急いで階段をおりた。
#静寂に包まれた部屋
9/30/2023, 6:44:42 AM