それでも、これからも、ずっと
森の奥に、小さな白い狐が住んでいた。
名前はユキ。冬の初め、まだ雪の降らない朝に生まれたのに、毛並みだけは真っ白で、まるで先に冬を知っているような子だった。
ユキには、大切な友だちがいた。森のいちばん古い湖に住む、黒い羽のカラス、クロだ。
クロはよく喋るわけでも、優しい言葉をかけるわけでもなかった。ただ、ユキが湖のほとりに座ると、いつも同じ枝に止まり、静かにそこにいた。
「ねえクロ、もしも冬が終わらなかったらどうする?」
ある日、ユキがそう聞いたとき、クロは少し首をかしげて、言った。
「終わらないものなんてない」
「でも、ずっと続いたらいいのにって思うものはあるでしょう?」
クロはすぐには答えなかった。風が湖の水面を揺らし、空の色が少しずつ変わっていく。
「……あるな」
その短い言葉だけで、ユキは十分だった。
春が来て、森は柔らかい緑に包まれた。夏には湖の水が光を跳ね返し、秋には木々が燃えるように色づいた。
ユキはそのすべてをクロと一緒に見た。
けれど、ある年の冬の終わり、クロは枝に止まったまま、羽を動かさなくなった。
雪が降っていた。
ユキは何度も呼びかけた。
「クロ、ねえ、春が来るよ。起きて。ほら、もうすぐ終わるよ」
けれど、クロは答えなかった。
ユキはその日、初めて知った。
終わらないものなんて、ないのだと。
それでも――。
春は来た。
湖はまた光を取り戻し、森には新しい命が芽吹いた。
ユキは一人で湖に通い続けた。あの枝の下に座り、同じように空を見上げる。
誰もいないのに、そこにいる気がした。
「ねえクロ、今日はね、風が少しあたたかいよ」
そう話しかけると、風がそっと頬をなでた。
ある日、黒い羽が一枚、枝から落ちてきた。
それは古く、もう軽くなっていて、風に乗ってユキの足元に届いた。
ユキはそれをくわえ、静かに目を閉じた。
そして、ようやくわかったのだ。
終わることと、消えることは違うのだと。
クロはもうここにはいない。けれど、ユキの中に、確かにいる。
あの言葉も、あの沈黙も、あの時間も。
ぜんぶ。
だからユキは、また空を見上げた。
「これからも、ずっと」
その言葉は誰かに届くわけでもなく、ただ風に溶けていく。
けれど確かに、世界のどこかで響いていた。
白い狐は今日も湖のほとりに座り、季節を見送る。
春も、夏も、秋も、冬も。
終わりながら、続いていくものの中で。
それでも、これからも、ずっと。
4/8/2026, 11:57:32 AM