「ここいいですか?」
その日は凄く冷える夜だった。空気が澄み渡り、星が爛々と輝いている。公園のベンチは一人では大き過ぎる。だから隣に座ってくれるのは大歓迎だ。
「お兄さんはここで何を?」
女の声だ。夜特有の暗さと、マフラーや帽子で素顔が見えなかったので気が付かなかった。いや、寧ろ好都合か。誰とも知らぬ相手と語らうのも悪くない。
「幼馴染と昔、ある約束をしましてね。次に帰ってきたら、この場所でまた会おうと。あれから随分経ったし、所詮は子供の頃に交わした約束、律儀に守る方の頭がおかしいんですよ」
と、見ず知らずの人に愚痴を零してしまった。
やはり他人に話すと、いい加減自分の愚かさに気が付き始めた。やはり昔の事は忘れて、今はここでの生活を───。
立ち上がろうとした俺の服の裾がぐいと引っ張られる。思わず振り返るとその女性は僅かに聞こえるくらいの声量で、
「じゃあ私の頭もおかしいって事になるのかな?」
イタズラが成功した小悪魔的な微笑を浮かべて、彼女は隠していた素顔を顕にした。その瞬間、昔の記憶が、感情が、湯のように溢れ出て、俺の心が瑞々しく震えた。
「おかえり、お兄さん?」
ケラケラと弾むように笑う彼女の笑顔を俺は今後一生、絶対に忘れないだろう。
2/11/2023, 11:20:48 AM