S.Arendt

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かららん…
扉が開いてベルが客人の来訪を報せる。

ここはHeart Of Rover(ハートオブローヴァ),
魔法使いの青年が営むカフェだ。

「こんにちは、アーレント。いつものコーヒーにミルクと…シュガーを入れてくれるかな。」

きらりと光を反射する錦糸のような柔らかい髪をした店主に注文を伝える。

「ああ、こんにちは。今日は珍しい注文だね。」

いつもと違う注文に気付いてくれた彼の瞳はしっかりと私を捉える。それは冬の早朝の朝焼けみたいな美しい空色だ。
薄く紫や青のかかった銀髪は瞳と同じように儚げに輝く。


支払いを済ませてドリンクが出来上がるまでが、私の一番楽しみにしていた時間だ。
何気ない日常で起きたことの会話、彼の持つ知識を聞いてみたり…
話している間に彼のまつ毛が長いことに気を向けたり…

もう分かるかもしれないけれど、私は彼に恋をしている。


人間の私と魔法使いの彼。
どうしたって同じ時を生きることができない人。
この心を自覚した時には隣に立てないことを理解して、少しでも私の人生に彼を残したいと考えた。

だから、週に3・4回もコーヒーを買いに来てしまう。
愛しくて美しい彼と少しでも長く過ごしたくて、休日にも足を運びケーキを食べながら彼を見つめている。

きっと彼も私の心に気づいてる。それでも何も言わないのは、人生の短い小娘への心配りなのかもしれない。
私はそれに甘えて、ほろ苦くあまいコーヒーを飲む。

「いつもありがとうね、“ ”ちゃん。
疲れた日はいつでもおいで、ケーキも用意して待ってるから。」


……どこまでも…どこまでも優しい魔法使い。
魔法なんて使わずに私を宙へと舞い上がらせる。
私を見て、名前を呼んで、優しい言葉を私にくれる。



それでも私は貴方の横に立てない。
貴方を置いて行った人間の話を聞いたから。
それがいつも嬉しそうに語る過去だから。
この世界でない、別の場所で貴方が世界で一番愛した人。

寿命だけじゃない。
貴方が愛した人に並ぶことなんて私はできないの。

悔しい
寂しい
恋しい

狂おしい…


愛してるものを語る貴方が好き。
他の魔法使いと無邪気に話す貴方が好き。
人間たちと話す時、人に合わせて声色や表情を変える、気配りを忘れない貴方が好き。
懲りもせず店に足を運んだ私を見て、目尻を下げて優しく微笑んでくれる貴方が好き。


本当に好きなの。



でも貴方が持つ、愛の前では些細なことね。
とっても大事に持っている貴方の愛を崩すことは、私の好きな貴方を崩すのと変わりないものね。

しわしわのおばあちゃんになっても、変わらず美しい貴方を見たいわ。
杖をついてでも通ってやるんだから。
貴方のことを愛する物好きな人間がいるってこと、しぬまで教えてあげるんだから!


だから貴方の中の、短い時間を少し…
私に分けてちょうだいね、魔法使いさん。

                ーとある人間の日記より


あなたとわたし
魔法使いと人間

11/8/2024, 6:31:31 AM