シュグウツキミツ

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星が溢れる

……そこで、エリテンヌウスは空に器を置きました。星たちを次々に投げ入れる壺を。壺はみるみる星で満ち、やがてはあふれ出していきました。溢れた星は列をなし――やがてそれは天の川と呼ばれるようになりました。

「……へぇ、初めて聞いたな。何の本に書いてあったの?」
「書いてないよ。今私が作ったの」
「……へー……」
望遠鏡の設置を続けながら相槌を打つ。
聡美はいつもこうだ。適当な話をさも本当のように話す。
「じゃあそれは聡美ちゃんが勝手に言ってることで、参考にはならないよね」
レンズもセットし、照準をプロキオンの方に合わせる。冬の大三角の一星だ。
「さてできた。覗いてご覧。接眼レンズの距離は、見やすい広さにするといいよ。ここを回すの」
接眼レンズの横のダイアルを示す。
聡美はしばらく望遠鏡を眺めていた。
「……ねぇ、壺、どこにあると思う?」
「壺?」
ややあってさっきの言葉を思い出す。
「……ああ、さっきの?聡美ちゃんが勝手に作ったんじゃないの?」
「そうだけど、そうじゃないんだよ、あるの、ええと、とても明るい星のそば」
「今の季節で天の川の近くの明るい星っていうと、シリウスだね。どれちょっと」
望遠鏡の向きを少し南東、斜め下に向ける。
「ほら、あのひときわ明るい星、あれがシリウスだよ」
白く光るシリウスに向けて焦点を合わせていると、星が動いているように感じた。
「あれ?今日のこの時間、こんなところに惑星は通らないんじゃ……」
惑星ではない。もっと小さな、キラキラしたものが、シリウスの近くから動いている。まるで、流れているような……
「え、これ」
と振り返ると、いつの間にか聡美がいなかった。
「聡美ちゃん!?」
何度か大声で呼びかけた。辺りも探した。ほんの一瞬、焦点を合わせていた一瞬だった。それほど遠くに行ったはずがない。
「聡美ちゃん、聡美!!」
いくら読んでも聡美は応えなかった。それどころか姿も見えない。
辺りは真っ暗、ライトをつけても届く距離は限られている。
「そうだ、ケータイ……!」
電話をかけても呼び出し音が鳴るばかりで、やがてそれも切れた。SNSで彼女のアカウントにDMで呼びかけても、応答はなかった。

一人で星を見る。あれから何度も冬の大三角を見たが、流れる星も聡美も観ることはなかった。
冬になると毎日覗く望遠鏡。今日も覗く。
あれはプロキオン、あれはベテルギウス、そして……シリウス。
シリウスの近く、流れるように見える小さな星、あれは、まさか……!
慌てて対物レンズを変える。再度焦点を合わせる。シリウスの近く、確かあの辺に……
壺が見えた。壺のように見えた。壺の縁から星が溢れる。溢れた星がキラキラと流れる。流れる元、壺の近く、ああ、あの横顔、あの時のまま。
「聡美……」

3/15/2026, 11:59:30 PM