初音くろ

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昨日のテーマ《遠い日の記憶》がタイムアップでギリギリ間に合わなかったので、今日の分《私だけ》と合わせて2本立てで投稿します。

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昨日のテーマ
《遠い日の記憶》





あっという間に日が暮れる冬とは違い、夏の夕暮れはずいぶんとゆっくりだ。
冬は濃いオレンジと影絵のように建物が黒く見えるコントラストが見事だけれど、夏は淡いピンクから青に変わっていく雲のグラデーションが美しい。
こんな空を見ていると、いつもあの時のことを思い出す。
それは遠い日の記憶――幼い頃の大切な思い出。


その年の夏休み、わたしと兄は父方の祖父母の元に預けられた。
弟を身籠もっていた母はその頃ちょうど臨月で、出産のため実家に里帰りしていた。
祖母は母と生まれてくる赤ん坊の世話だけで手一杯で、まだ幼い兄とわたしの面倒までは見きれないだろうということで、父方の祖父母を頼ることになったのだ。
父方の祖父母は伯父一家と同居していて、年の近い従兄弟もいる。
兄もわたしも、夏休みは彼らと一緒にたくさん遊ぶんだと、それはそれは楽しみにしていた。

最初の数日は、確かに楽しかった。
しかし、程なく従兄弟達はわたしを持て余すようになった。
男兄弟で育った彼らにとって、まだ小さくて一緒に遊べる内容も限られるわたしを扱いかねてしまったのだろう。
そして、その日、従兄弟達は兄と一緒に、わたしを置いてきぼりにして遊びに行ってしまったのだった。

その日はお祖母ちゃんは病院の日で留守だった。
伯母さんも町内会の用事で出かけてしまっていた。
だから、わたしを置いていこうとしても怒る人はいないと、彼らはそう考えたらしい。

「母さんも祖母ちゃんもすぐ帰ってくるから」
「そうそう、ちょっとの間だけだからここで待ってるんだぞ」
「ついてきちゃダメだからな!」

口々にそう言ってわたしを置き去りに外に飛び出していく従兄弟達と兄に、わたしは泣きながら追い縋った。
しかし片や小学生男子、片や幼稚園に上がったばかりの女児。
必死で追いかけたものの、走り去る彼らの背中はあっという間に遠離っていく。
追いかけてくるわたしを撒こうとしたのもあるのだろう。
彼らは闇雲にあちこちの角を曲がって走っていく。
おかげで、わたしが1人で取り残された時にはそこがどこなのか、帰り道がどちらなのかも分からなくなっていた。

完全に置いていかれた。
誰かに道を聞きたくても、お祖母ちゃん家の住所はおろか、電話番号さえも覚えていない。
このまま帰れないかもしれない。
そんな恐怖と絶望に泣きながら、わたしはとぼとぼと来た道を引き返した。

兄達の背中を追いかけるのに夢中で、周囲の景色なんか見ていなかった。
曲がり角に差しかかっても、自分が来た道がどっちかなんて分からない。
勘に任せて曲がったり直進したりを繰り返していく。

途中、すれ違った大人の人から親切に声をかけられたりもしたけど、相手が善人なのか悪人なのかの区別もつかない。
母からは常日頃から「知らない人についていかないこと」と厳しく言われていたこともあって、わたしは「大丈夫です」と答えることしかできなかった。

てくてく歩いている内に、わたしは公園に辿り着いた。
お祖母ちゃん家の近くの公園ではない。
ブランコと砂場しかない、狭くて小さな公園だった。
真夏の暑い日ということもあってか、遊んでいる子供の姿もない。
わたしはそこで水道を発見し、自分がとても喉が渇いていることを自覚した。

蛇口は少し固かったけど、頑張って捻って水を出した。
最初はぬるかったけど、暫く出していたら少し冷たくなってくる。
それを手で掬うようにして必死に飲んだ。
上手に飲めなくて手どころか顔や服までびしょびしょになってしまう。
それでも渇きは癒され、火照った腕や足も冷却されて、少しだけホッとした。

もしかしたら伯母さんやお祖母ちゃんが探しにきてくれるかもしれない。
でも、ずいぶん遠くまできてしまったから、見つけてもらえないかもしれない。
期待と不安がシーソーみたいに行ったり来たりする。
わたしは零れ落ちる涙を手の甲で拭いながら、木陰のベンチによじ登った。
ずいぶん歩いて疲れてしまっていた。
探しにきてもらえなかったら、また自分で歩いて帰り道を探さなきゃならない。
そのために、少しでも休んでおこうと思ったのだ。

そうしてどのくらい経っただろう。
炎天下の中、走ったり、たくさん歩いたりしたことで、相当疲れていたのだろう。
わたしはいつのまにかベンチで寝こけてしまっていたらしい。
子供達に帰宅を促すチャイムの音楽とアナウンスで目が覚めた。

濡らしてしまった服はすっかり乾いているけど、足はまだくたくたで、とても歩き出す気にはなれない。
それに、もし帰ったって、また兄や従兄弟達から邪魔者扱いされるかもしれない。

「おかあさん……おうちにかえりたいよぅ……」

夕暮れ時。
1人きりの公園。
自分を置いて走り去っていく兄と従兄弟達。
帰り道は分からず、帰れるかも分からない不安。

そうしたあれこれが一気に押し寄せて、わたしは堪えきれずに嗚咽と泣き言を漏らした。
お祖母ちゃん家に来てからずっと張り詰めてた気持ちが、ここへきてぽっきり折れてしまったのだ。

「見つけた!」

そんな時だった。
聞き覚えのある声が、狭い公園に響き渡った。

顔を上げてそちらを見れば、それは見知った少年だった。
お祖母ちゃん家の近所に住む彼は、従兄弟の友達で、わたしも何度か遊んでもらったことがある。
意地悪ばかりする、所謂『悪ガキ』な従兄弟達と違い、彼はいつでも優しくて親切で、わたしは彼が大好きだった。

知った顔を見たことで、これで帰れると安堵したわたしの涙腺は決壊し、そのままわんわん泣きじゃくった。
駆け寄ってきてくれた彼にしがみつくと、あやすように頭や背中を撫でてくれる。
彼は早く泣き止めと急かしたりすることなく、安心させるようにただ「もう大丈夫だよ」と何度も声をかけて、気の済むまで泣くことを許してくれた。

それから、ようやっと泣き止んだわたしは、彼におんぶされて家路を辿った。
手を繋いでもらえば自分で歩けるって言ったけど、あっさり却下されてしまったのだ。

「ほら、見て、一番星」
「どれ?」
「あの、ピカピカしてるやつ」

おぶわれながら、彼の言う方角を見る。
彼の肩越しに見た空は、ピンクから青へのグラデーションがとても綺麗で、その中に一際輝く星が見えた。
あれが金星で、あっちが火星で――時折立ち止まりながら説明してくれたけど、まだ小さかったわたしにはさっぱり分からなくて。
でもいろんな色で溢れてる空の色と、その中でキラキラ輝くお星さまが綺麗だなと、それだけはずっと心に残った。

帰ったら、当然ながら大騒ぎになっていた。
幼い子供が何時間も行方不明になっていたんだから無理もない。
従兄弟達も兄も、伯母さんやお祖母ちゃん、果てはお祖父ちゃんや伯父さんにまでがっつり怒られることとなった。
わたしもちょっとは怒られたけど、こっちは殆ど被害者扱いだったから、程々で解放された。

見つけてくれた近所のお兄ちゃんは、それを機にちょくちょく遊んでくれるようになった。
ずっと妹が欲しかったんだと笑いながら。


大きくなって、妹枠からの脱却にはとても苦労したけど、これには従兄弟達が何くれとなく協力してくれた。
おかげで今、彼はわたしの夫として共にある。
夏の帰省の度に懐かしい思い出話としてこの迷子の件が話題に出され、従兄弟達が渋面を作るのもお約束。
今となっては、わたし達の縁を結ぶきっかけになったと感謝すらしているのだけど、それは兄や従兄弟達には内緒の話である。



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今日のテーマ
《私だけ》





「え、もしかして、私だけ?」

みんなで夏祭りに行こう。
仲の良い友人達でそんな話で盛り上がったのは終業式のこと。
だというのに、いざ当日になって待ち合わせ場所に着いたと思ったら、まるで示し合わせたみたいに次から次へとグループLINEに「行かれなくなった」というメッセージが舞い込んできた。

バイトで欠員が出て呼び出された。
家族が体調不良になった。
親戚に不幸があった。
食中りで動けない。
遠方の親戚が訪ねてきたが、親が不在で相手をしなきゃならない。

どれも理由を聞けば仕方ないと思えるものではあるけど、全員が全員ドタキャンってどういうことよ!?
実は気づかない内に私が何かやらかして、みんなから避けられてるんだったらどうしよう。
内心動揺しながらも、私はみんなに「しょうがないよね、気にしないで」と返信した。
それ以外に返信しようがないとも言う。

改札からは電車が到着する度に多くの人が吐き出されてくる。
浴衣姿の人や、甚兵衛を着た男の人、楽しそうな親子連れの姿――いずれもお祭り目当ての人達だろう。
ここのお祭りは規模も大きめで、毎年人出も結構ある。
お祭りの後半には小規模ながら花火も打ち上げられるので、それを目当てに来る人も多い。

わたしはスマホをポーチにしまいながら、これからどうしようかと頭を悩ませた。
せっかくのお祭りだけど、だからといって1人で回るなんて気には到底なれない。
かといって、ここまでわざわざ足を運んだのに、そのままトンボ返りするのも悔しい気がする。
お祭りの会場に向かう人の流れを見るともなしに眺めながら迷っていると、ポンッと肩を叩かれた。

「かーのじょ、もし1人なんだったら、良ければ一緒に回らない?」
「友達待ってるんでお断り……って、え?」

いかにもナンパですといった口上で声をかけられ、反射的にピシャリと断りかけた私だったけど、振り返った先にいたのはものすごくよく知る人物で、断り文句は途中で消えた。
笑いながら立っていたのは同じクラスの男子――それも、私の好きな人だった。

終業式の日にお祭りの話が出た時、そういえば近くに彼もいた。
というか、お祭りの話題を振ってきたのは彼だった。
もしかしてという思いと、まさかという思いが、頭の中で行ったり来たりする。
内心ではすっかりパニックになっていたけど、驚きすぎて逆に反応ができない。
たぶん、私は今、超真顔になってると思う。

「あー、ごめん……実は、みんなに根回しした」
「根回し」
「あの時、本当は誘おうと思ったんだけど、出遅れて……」
「え、待って、つまり、どういうこと?」
「だから、その……一緒に祭りに行きたくて……2人で回りたくて、そっちの友達らに事情話して譲ってもらった。たぶん彼女達も本当は近くにいるんじゃないかな。もしオレが断られたり、おまえが迷惑なようだったら、彼女達と合流もできると思う」

こんな誘い方しかできないチキンでごめん。
とても恥ずかしそうに、照れ顔でそんなことを言う。
これは一体何のご褒美だろうか。
いや、友人達にどこかから見られてるんだとしたら、ある意味罰ゲームに近いかもしれない。

でも。
だけど。
そうだとしても。
こんなチャンスはきっともう二度とない気がするのも事実で。

友人達はみんな私の気持ちを知っている。
きっと、だからこそ彼のお願いに快く協力したんだろう。
私が絶対に断らないって、絶対に喜ぶって、分かってるから。

「それは、つまり……自惚れてもいいってこと、なの?」
「そう思ってくれていいです。ダメかな?」
「ううん、嬉しい……」

たぶん今の私は、屋台のりんご飴にも負けないくらい真っ赤な顔をしてると思う。
彼もまた、同じように真っ赤な顔をしているからお互い様かなと思うけど。

嘘の理由でドタキャンした友人達には、あとでしっかり説明してもらおう。
こっちもいろいろ根掘り葉掘り聞かれそうだけど、そうしたら存分に惚気てやればいい。
そうして、私達は、2人で連れ立ってお祭りの会場へ足を向けたのだった。






7/18/2023, 1:35:34 PM