縁側で緑茶を啜り、善は背を丸めた。側には愛犬のきなこ(柴雄6歳)が寄り添う様に日向ぼっこをしていた。
今日は曾孫が帰省する予定だった。しかしその父親(善から見たら孫娘の婿)が熱を出したらしく、予定が延期になってしまった。
その為、善は手持ち無沙汰になってしまい、こうして庭をぼんやりと眺めているのだ。
「お義父さん、お昼ですよ」
嫁がそう声をかけるも、善はぼうっと動かないままだった。
「美里さん、いいのよ。放っておきなさい。勝手に食べに来ますよ」
妻の絹江がそう言って嗜めた。いや、恐らく善にそう言ったのだろう。少し嫌味な物言いに、善は少し顔を顰めた。
◇◆◇
「風邪?」
「はい、二日前から」
休日に出掛けようと約束をした日、善は待ち合わせ場所に来ない絹江を迎えに家へ向かった。
しかし、彼女の弟曰く二日前から熱が出て寝込んでいるそうではないか。
手ぶらで来たことを後悔し、弟に宜しく伝えるよう言って踵を返した。そのままその足で汽車を乗り継ぎ、百貨店へと向かった。
再び絹江の家へ辿り着いたのは日が傾きかけた頃だった。
「絹江さんに」
それだけ言って善は絹江の母に百貨店の袋を押し付け一礼した。中には餡蜜とシトロンが入っていたそうな。
***
善は手持ち無沙汰であった。本当なら絹江と公園を散歩して、昼食でもと誘うつもりでいた。
だが出鼻を挫かれ善は内心狼狽えた。それが自分だけ浮かれているようで少し恥ずかしく歯痒かった。
ぼうっと陽が沈むのを腰掛け眺めていた。とんだ骨折り損だ。どうせ今日も彼女が喋り通して口も挟めず、昼飯も行けなかっただろう。何を期待していたんだか。
そうして背を丸め溜息をひとつ。そんな背に声がかかる。
「善さん」
「……!?絹江さん、あんた何で…」
頬を林檎の様にまんまる赤く染め絹江は立っていた。善が慌てて駆け寄れば、困った様に笑った。
「母さんが『善さんがお見舞いに来てくれたよ』って教えてくれて。あたし、約束すっぽかしちゃったから…お礼とお詫びを言いたくて…」
まだ汗ばんだ顔といつもより少ない口数。善は頭に血が上る感覚がした。自分のせいで無理をさせたのだ。
「っ、ばかやろう!寝てなきゃ駄目だろうが!」
思わず怒鳴ってしまった事を善は直ぐに後悔した。だがそれを意図もせず絹江は微笑んだ。
「でも、善さんに会いたかったから…」
夕陽に照らされた頬が熱くなるのが分かった。耳まで熱い。今日の夕陽はやけに強い日差しだ。
「お、」
彼女の視線に合わせるように、善は背を丸めた。
「………俺だって」
◇◆◇
「お父さん、拗ねてないで早く片してくださいな」
絹江の呆れ声がその背に投げられる。
あの日と一緒。丸まって、小さくて、哀愁を誘う寂しげな背中。
(本当、見かけによらず寂しがりやなんだから)
ふふ、と思わず声が漏れれば、丸まった背が気恥ずかしそうにしゃんと伸びた。
そうしてようやく腰を上げた彼に、絹江は微笑んだ。
≪哀愁を誘う≫
11/5/2024, 2:01:02 AM