藍星

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それでは、テストを返却します。
平均点は64点。赤点だった者には補習があります。授業が終わった後、内容を伝えるので科学室まで来るように。
では–––


先生が返却する科学のテストの回答者を読み上げる。しかし、その声よりも–––


え〜、補習だってぇ。私絶対補習だよー。
 64点って、高すぎじゃない?
     絶対皆カンニングしてるでしょ?
結構サービス問題多かったから、
        今回は自信あるなぁ。
 問題の中に答えがあるのもあったよな。
  ラッキーって感じだったし、
あんまり意地悪い言い方とかなかったよな。
  そうか?普通に難しかったけど?
 補習なんて、どうせ答えを丸暗記すれば良いような問題よ。


各々の落胆や期待、補習に対する予想の呟きが、先生の声よりも大きく教室内を満たしていた。


テストの返却と授業が終わり、
休み時間になった。
すると友人が私の元に駆け寄ってきた。


聞いてよ!
宇宙人を捕まえに行くんだって!!


あまりに突拍子のない発言に、私は一瞬聞き間違いかと思った。
えっ・・もう一度言って。と言うと、

宇宙人を捕まえに行くんだよ!
それが、赤点だった人の補習授業だって!

ますます私は混乱した。
宇宙人を捕まえに行くことが、補習授業?
レポートとか、追加のテストとかじゃなく?
再び聞いた私の言葉に、友人の彼女は興奮気味で頷いた。

私は少し彼女を落ち着かせて、ゆっくりと話を聞いて、内容を整理した。
まず、今回の科学のテスト、赤点だったんだね。と聞くと、

そ、そこはいいでしょ。
そういうあなたはどうだったの?

あなたの点数を聞いた後で言うのは気が引けるんだけど・・94点。単位と記号を間違えちゃってさ。あと少しだったんだけど・・
私の言葉に彼女は、思いきり嫌そうな表情をした。
私は慌てて、話を戻した。

それで補習を受ける対象になったと。補習者は科学室に来いって言ってたから、さっき行って来たんだね。
それで、具体的にどう説明されたの?
なるべく先生の言った言葉通りに再現して。
と、言うと、彼女は説明してくれた。


まず、補習はレポートを提出するか、特別授業に参加するか、二択を示された。

レポートのテーマは、今までで学んだこと。それを中心に自身の考察や、深掘り・発展した知識などをまとめて提出すること。A4の紙で最低枚数十枚、それ以上での提出とのこと。
もちろん、パソコンなどで他の文献からの完全複製は禁止。参考にする分にはいいが、レポートは手書きのみ評価の対象とみなす。提出期限は一週間後。

特別授業は、指定した日に先生と共に調査を行う。時間は午前9時から午後5時まで。場合によっては時間が前後する可能性あり。しかし、最後まで参加した時点で補習合格とするとのこと。
そして、その調査の内容が–––


宇宙人の採取、なんだって。

彼女は再び興奮気味に言った。

しかし私は、採取、という言葉に
違和感を覚えた。
宇宙人を採取だなんて・・まるで、どこにでも存在していて、ちょっと拾いに行ってこよう、みたいな言い方だ。それに、宇宙人を本当に捕まえるとしたら、そういう方面に力を入れているアメリカの組織とかがやっていそうなのに。

それで、どっちがいいか選んでって言われたの。私は宇宙人の方を選んだってわけ。

レポートの方を選んだ人はいたの?
という私の言葉に、彼女は顔をしかめた。

いたけど、一人だけ。特別授業の日にちは絶対変更できないんだって。その日は部活か何かの用があって、そっちにも参加しないといけないからとか。レポートは期限があるけど、いつ取り組むかは選べるからって言ってた。
まあ、私は勘弁だけどね。今まで学んだことなんて、曖昧すぎて何書けばいいか分からないもの。おまけに十枚以上なんて無理。


確かに、レポートのテーマは範囲が広くて、曖昧とも言える。だからこそ、何を書くのか自由でいいとも捉えられるが、彼女のように何を書けば良いのかわからないとも捉えられる。

補習を受けるような人はどちらかと言えば、後者の捉え方になる人が多い気がする。
しかも、もう一択の方が宇宙人に関することとなれば好奇心でそちらを必然的に選択するのは目に見えている。

ところでさ。

思考していた私の顔を覗き込んで、彼女は不安そうに言った。

あなたも一緒に参加してよ。
宇宙人に興味ない?それに、私、正直ちょっと怖くてさ。

どうして?と聞くと、

だって宇宙人だよ?UFOでやってきて、乗せてくれるような宇宙人だったらいいけど、連れて行ってしまうような宇宙人かもしれないし・・魂を抜かれたり、脳を乗っ取られたり、変なビームとか撃ってきたり、光の剣とかで襲いかかってくるような奴かもしれないじゃない?

私は内心、映画やドラマに感化されすぎなのでは・・と思った。
しかし、無垢な彼女の宇宙人に対しての認識はそういうものなのだろう。
ともかく、私もその特別授業に少し興味がわいてきた。


先生に参加してもいいかを聞くために、科学準備室を訪れた。

先生は私を見て、少し意外そうな表情をした。事情を話すと、先生は構わないと了承してくれた。

先生はちょうど、準備室の整理をしていたようだった。私は机の上に並んでいる砂の入ったいくつもの瓶を見て、特別授業の本当の目的に気づいた。
しかし、私はそれを授業が終わるまで黙っていることにした。


特別授業の日。
ハイキングでも行きそうな出立ちの補習生徒数人を、大きなリュックを背負った先生が引率している。
友人の彼女は–––

ねぇ、ワクワクしてる?それとも、ソワソワしてる?

うーん、ドキドキしてる、かな。
どんな"宇宙人"に出会えるのか、
楽しみだよ。
と、答えると、彼女は複雑な表情になった。

今更なんだけどさ、本当に宇宙人っているのかな?それも、補習授業で本当に見つけられるのかなぁ。あなたは宇宙人って、信じる?

もちろん、信じるよ。
本当の目的を知っていた私は、自信満々に答えた。


先生に連れて行かれた場所は、高台や大きな施設の屋上だった。古い天文台の上や、灯台の上などもあった。

そこには、すでに設置されていた透明なアクリルのような板があった。その板には、クリームのような粘着性のあるものが塗られていた。それを汚さないように、ケースに入れて保管した。

生徒達から、宇宙人はいないな。
今回は外れた?などと、声が上がったが、先生はかまわずに次々と板を回収して回った。

たくさんの距離を移動して、途中から飽きてきたのか、集中力が切れたのか、疲れたのか、次第に生徒達は宇宙人のことは言わなくなっていった。

しかし、代わりに道中のハイキングを楽しむ会話が増えていった。とくに、高い場所に苦労して登ったあとの眺めはとても良かった。
特に、灯台の上で風に吹かれながら食べる昼食は美味しかった。先生が食後のおやつとしてクラッカーをくれた。先生って実験だけじゃなくてお菓子作りができるのかと、生徒達に驚かれたりと、補習授業だということはすっかり忘れてしまったように、朗らかな時間だった。


学校に戻ってきた時には、先生を含めさすがに全員が疲れていた。
しかし、先生は回収してきた板を並べて、ここからが授業だと姿勢を正した。


今回集めていたのは・・
宇宙の人類の宇宙人ではなく
宇宙から降ってくる塵の、
宇宙塵『ウチュウジン』である。

皆には、あらかじめ私が設置しておいた宇宙塵採取装置の回収に行ってもらったのだ。

さて、これからその塵の分析を行うが–––
と続く先生の説明は
"宇宙人"を捕まえると思っていた生徒達の落胆や驚きの声に揺らぐことはなかった。

しかし、先生の笑いをこらえる顔を見て、私は先生がこの反応が予想通りで、かつ楽しんでいると感じた。
この時の先生は無垢な生徒にいたずらをして成功したような、無垢な子供みたいな人だった。


特別授業が終わり、帰り道。
友人の彼女は、複雑な表情をしていた。
対して私は、楽しかった授業で満足していた。

彼女に、"宇宙人"のことを知っていたのかと聞かれて、知っていたと答えた。

実は、先生に参加の許可をもらいに行った時にね。砂が入っている瓶を見て、わかったの。あんなにたくさんの宇宙塵を集めるなんて、よほど宇宙のことに興味があるんだなぁって、感じてたんだ。だから、私も先生の授業を受けてみたくてさ。楽しかったよ。

彼女は、大きくため息をついた。
しかし、すぐに少し表情が明るくなった。

まぁ、いっか。私も楽しかったよ。
それに、灯台の仕組みとか天文台の仕組みとか聞いてて、実際はこんななんだって、感じたのが良かった。
あちこち歩いて疲れたけど、こんな授業なら科学も好きになれそうだよ。

      ––––––––––––––––––

君が星を見るのが好きなのは、その先生の影響なのか?

違うよ。確かに、あの先生の宇宙塵の授業のおかげで宇宙の奥深さをより知った。
でも、星を見るのはそれ以前から好きなんだ。
と、星座早見表を掲げながら星を見ている私の横で、彼が同じように星空を見ている。


補習授業に、宇宙塵の採取か。
なかなか面白いことを考える先生だな。

補習授業だから、追加のテストかと思いきや、課外授業だったんだ。
でも、補習授業を受けるような生徒にはそれが一番かもしれない。
彼が私の顔をみる。

どうしてだ?

赤点をとる生徒はだいたいがその科目が嫌いな傾向にある。
それは、点数がとれないから。
でも、先生は点数がとれなくても科学への好奇心は失わずにいてほしかったんだと思うの。
純粋無垢な好奇心は、大きな自信になるって言ってたんだ。

好奇心が自信か。何となくわかる気がする。
そういえば、知ってるか?
この世で最も強い自信は、
   根拠のない自信なんだってさ。

根拠がないから、根拠で覆せない。
だからこそ最強なんだって。
と、彼の言葉をきいて私はふと思った。

それは、無垢な好奇心の持ち主はロマンチストってことかな。ロマンチストって、なんか強いっていうか、好奇心の自信に満ちているイメージがあるから。

かもな。あるいは、夢見る者ってことかもな。その先生も、宇宙への夢やロマンを知識以上に大切にしていたのだろうな。

うん。きっと、そうだね。


今宵の宇宙塵は、また宇宙からのロマンを運んできてくれるのだろう。
無垢な心の持ち主にロマンを届けるために。

6/1/2024, 4:21:03 AM