ゆかぽんたす

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「じゃあ俺とデートしようよ」
にこりと笑ってお兄ちゃんが言った。“お兄ちゃん”、と呼んでるけど、別に血が繋がった本当の兄ではない。家が近くて、小さい頃よく遊んでくれた1つ年上の人。いわゆる幼なじみという間柄だと思う。
そのお兄ちゃんと学校からの帰り、駅でばったりあって一緒に帰ることになった。何のきっかけか忘れたけど、話の流れで私の女友達のことを話した。いつも仲が良くて土日のどっちかは一緒に遊びに行く子。なのだが、その子にこの間めでたく彼氏ができた。その途端、休日は土日どちらとも彼氏と過ごすようになってしまい私のことを構ってくれなくなったのだ。その文句と寂しさを話したら、
「じゃあ俺とデートしようよ」
「へ」
「嫌?」
お兄ちゃんはぽかんとしている私の顔を覗き込んできた。嫌、とかそんなんじゃなくて。なんで私がお兄ちゃんとデートすることになるの?そんな疑問をぶつけるより早く、じゃあ明日の9時に迎えに行くね、と話を進めてゆく。
「どこに行く?お前の行きたいとこでいいよ」
「別に、そーゆうの考えてなかったからすぐ浮かばない」
「じゃあ遊園地にしよう。定番だし」
「それはいいけど……いいよ?別に、無理しなくて」
「何が?」
きっとお兄ちゃんは私の機嫌を直すためにデートに行こうだなんて提案をしたんだ。そこまでしてもらう義理なんてない。貴重な休日を潰してしまったら申し訳ない。
「別に私そこまで気にしてないからさ。だから大丈夫だよ。気にかけてくれてありがとね」
「そうなの?」
「うん」
夕暮れ時の住宅街はどこからともなく美味しそうな匂いがする。私達の家まであともう数十メートルの距離だった。今日の夕飯なんだろな。呑気にそんなことを考えていた。
「気にかけてない、って言ったら嘘だけど、普通にお前とデートしたいって思ったんだけどなぁ」
「え……」
「だから行こうよ。遊園地」
夕陽を背負ってお兄ちゃんが笑いかける。いつから、こんなに格好良くなってしまったんだろう。高校生になったら話すことはめっきり減ったけど、会えばこうして構ってくれる。普通は、これくらいの歳の男の子は無愛想になったりするもんかと思ってたのに。お兄ちゃんはいつだって優しい。だから何でも許せてしまう。
「うん。じゃあ、明日よろしくお願いします」
「こちらこそ」
家の前についた。じゃあね、と言って玄関門を開けるところで、待って、と呼び止められる。振り向いた私の頭にお兄ちゃんの手が乗った。大きくて暖かいその手が私の前髪をすくう。そして、露わになった私の額にそっと何かが触れた。お兄ちゃんの唇だった。
「また明日」
去っていく後ろ姿に何も言えず、自宅の前で間抜けに立ち尽くす。やがて我に返ってまず初めに思ったこと。明日どうしよう。もしかして、もしかしなくともこれって。
「本当のデート……になるよね」



9/28/2023, 12:38:39 PM