初音くろ

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今日のテーマ
《真夜中》





夜の静寂は人恋しさを募らせる。
ほんの数時間前まで一緒にいたのに、あと数時間もすればまた会えるのに、今この時、無性に彼女に会いたくてたまらないのは、夜の静けさが寂しい気持ちを助長しているからだろう。

いや、それとも、両想いになったばかりで浮かれているからだろうか。
『親しい友達』の関係を卒業して、晴れて『恋人』というステータスを得られたことで、彼女と一分一秒でも長く共に過ごしたいという気持ちが、会いたいという欲求を加速させているのかもしれない。
あるいは、これが本当に現実のことなのか、逐一確認したいという不安の表れか。

気を紛らわすようにスマホをタップする。
現在の時刻は午前1時。
さすがにこんな真夜中ではLINEも通話も躊躇われる。
彼女が起きているかも分からないし、寝ているところを起こしてしまうのは忍びない。

「あー……声聞きてえ……」

他愛ないやりとりの並ぶトーク画面を見ながら、抑えきれない気持ちを口にする。
吐き出せばスッキリするかと思ったのに、言葉にしたら余計に想いが溢れて止まらなくなってしまった。

声が聞きたい。
笑顔が見たい。
触れたい。
抱き締めたい。
それから――

ピンポン、と聞き慣れた通知音が鳴ったのは、思考がヨコシマな方向へ傾きかけた瞬間で。
後ろめたさから、思わずスマホを取り落としそうになってしまう。

おそるおそる見てみれば、画面には彼女からの新着メッセージが表示されている。
遅れてポコン、と愛嬌のあるキャラクターのスタンプ。
ちょうど開いていたから、きっとすぐに既読がついたことだろう。

――遅くにごめんね まだ起きてる?
『起きてるよ』
――少し話せる?
『大丈夫だけど何かあった?』
――ちょっと声が聞きたいなって

ああ、神様――!!
今の俺の顔は、きっとさぞかしみっともなく笑み崩れていることだろう。
だけど、好きな女の子と、しかもつきあい立ての彼女と、こんな風に以心伝心したら、きっと誰だってそうなるに決まってる。

俺はめちゃくちゃ浮かれ気分で、いそいそと通話ボタンをタップした。
聞きたいと願って止まなかった彼女の可愛い声を聞くために。


そうして、テンション上がりまくった挙げ句、ガラにもなくクサくて甘い言葉を垂れ流してしまうことも、翌日恥ずかしさのあまり一人反省会をする羽目になるということも、この時の俺はまだ知らない。





5/18/2023, 7:43:40 AM