震える手を握る。
強く、優しく、手首まで深く、その手を握る。
それから、私はただ、あの楼閣がただの砂粒になっていくのを、黙って見つめていた。
どんな立派なものでも崩れる時は一瞬なんだ。
誰がそんな真相を聞かせてくれたのだったか。
大きな満月が、空にぽっかりと浮かんでいる。
あの子の指先は、ほんのりと冷たい。
色と体温を失いつつある、あの子の手を強く、強く、握る。
あの子がいなくなってしまわないように。
あの子が飛び出してしまわないように。
私たちは、ずっと一緒だった。
ずっと一緒だった。
平和な時も、戦いの時も。
楽しい時も、苦しい時も。
ずっと一緒に居ようって約束したから。
ハッと、周りが目に入ってくる。
遠く、浜辺の向こうにあるはずの空中楼閣が揺れた気がする。
私たちはここでずっと暮らしていた。
内情も外交も不安定なこの国で、少なくない孤児が生きていくのは大変なことだった。
国に認可されていない、国の政策の副作用に見舞われた孤児など特に。
私もあの子も、お偉いさんたちの戦禍に巻き込まれて、両親を失い、身体に毒を受けた。
私たちはもう、これ以上成長しない。
その証拠に、私たちの指先は冷たくて、固い。
子どものまま生きて、子どものまま死んでいく。
そんなハグレモノの私たちが、より集まって暮らしていたのが、あの楼閣だった。
私たちは売れるものを売り、やれるだけの仕事をやって、細々と、みんなで助け合って生きてきた。
ひっそりと、普通の人たちから隠れて。
楼閣が崩れることになったのは、戦禍のせいだった。
この病の元凶で、諍いの強い味方。人智を超えた兵器が、この地域にも進軍してきたのだ。
この国の内乱は日に日に悪化していた。
その禍根が、この地域にも根の先を伸ばしてきていたのだった。
彼らは私たちを良く思わなかった。
忌まわしい、無かったことにしたい不都合な私たち。
忘れたくても忘れられない、彼らの過ちの象徴。
私たちはそういうものだったから。
だから、私たちは逃げ出した。
みんなでバラバラに、逃げることを決めた。
病気も辛い。生活も辛い。
でも、何も残らないように抹消されるよりは生きていた方がずっとまし。
彼らに、そして世界にとって、いくら忘れたくても忘れられない迷惑な黒歴史の物証だったとしても。
世の中にどんな迷惑をかける人間だったとしても。
私たちは、楼閣と一緒に崩れ去りたいとは思わなかった。
私はあの子の手を引いて、逃げた。
逃げて、隠れて。
何も知らない彼らがやってきて、私たちが作り上げた砂上の楼閣を打ち壊すのをじっと見ていた。
木のうろ、土の蟻塚の裏、シダの藪で。
私たちは崩れる楼閣を見た。
私たちは忘れないだろう。
忘れたくても忘れられないだろう。
楼閣が崩れ去ったこの日を。
楼閣には、逃げるにはあまりに幼い、幼すぎる私たちの仲間が、残っていた。
成長しないがために、どんなに危険が分かっていても、自力では逃げ出せない人たちが残っていた。
私たちは忘れたくても忘れられないだろう。
幼い仲間たちを見捨てて、仲間たちが砂の粒に埋もれていくのを、浅ましく目だけ光らせて見ていた月夜の夜を。
行き場がなくなって、野良鼠のように息を潜めて、彼らを見送ったこの日を。
国が、私たちの存在を忘れたくても忘れられなかったように。
私たちの胸の奥には、ずっとこの気持ちが引っかかり続けるだろう。
あの子の手は、ずっと震え続けている。
あの子が声を上げなかっただけでも、上出来だった。
崩れ去った楼閣には、あの子の兄弟もいた。私の妹分もいた。
私は強く手を握る。
あの子の滑らかな幼い頬に、涙が無音で滑っていく。
私は強く手を握る。震えが収まるように、と願って。
大きな、丸い月がぽっかりと出ていた。
砂煙が、もうもうと立っている。
あの子の手も、私の手も、同じように冷たくて、強張っていた。
10/17/2024, 2:18:10 PM