あんしぇーまたやー。
うちなーぐちで言う、それじゃあまたね。
って意味だ。
一説によれば、小さな沖縄の島では何処に行ってもすぐに会えるから、「またね」はあっても「さようなら」という意味の方言はないのだとか。
それを聞いたとき私は、なんだか素敵な話だなと、素直に感動した。
それから私は、「さようなら」ではなく「またね」と言って別れることを心掛けた。
とは言っても・・・私にそれを言う相手はいないのだけど。
あーあ。
今週から新学期が始まるだなんて、憂鬱だ。
「またね」を交わせる相手がほしい、とは思っても、踏み出す一歩は二の足になってしまう。
こんなウジウジとした自分にこそ、「またね」ではなく「さようなら」と言って決別したいのに。
―――でも。
「別に決別する必要はないのではないかな。人見知りするきみだって、どこかのだれかにとっては必要な存在かもしれないだろう」
と、だれかが言った。ほんとにだれだこいつ。
だれもいない自分一人だけの秘密の場所で、ボソボソと、自分自身と苦悩を語り合っていたのに、なのに、ほんとうにだれなんだよ、こいつ。
少なくとも、同級生ではないはずだ。となると、後輩か先輩かそれとも―――。
「御名答。もうすぐ四月だからね。四月と言えば、お花見の季節であり入学式の季節であり新学期の季節でありそして引越しの季節だ! ほんとう言うと、季節外れの中途半端な月に転校してきて、謎多き転入生・・・ってのを演じるのが、ぼくの幼い頃からの夢だったんだけど。こればっかりは、両親の都合だからね。まだまだ乳歯が生え変わりきっていない小学生のぼくには、抵抗する術はないのであった」
お前のような小学生がいてたまるかとツッコミを入れたかったが、初対面の人間とまともに会話のできない私には、到底無理な話なのであった。
未だにべらべらと口上を続ける男の子に、せめてもう二度と会いませんように、と掌を組み合わせた。
「それじゃあ、また」
そんなことがあった週初めから三日後の木曜日。
始業式が終わった後の教室で転校生の紹介をする先生を尻目に、そういえばこの町には学校が一つしかないのだったと今更ながらに思い出した。
今日は厄日なのかもしれない。
「やあ、二日ぶりだね。もっと正確に言えば六十四時間と三十分だ」
結果的に私は、「またね」を言い合える友達という存在を見事にも作ることができたのだが、その友達が引っ越し初日にたまたま見かけた私に一目惚れをし、後をつけて接触を図り、そしてその後も度々好意によるストーカーじみた行為を繰り返すようになることを、このときの私はまだ知らない。
3/31/2025, 11:35:22 AM