KAORU

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 夜景を観に行っても、晴れた試しがない。
 よくて曇り。ひどい時には、さあ山頂だという段になって雨がぱらついてくる始末。

 ついてない人生。もってない男。
 とても、大谷翔平みたいにはなれない。

ーーけどね。

「雨降ってきた。風も。帰りのロープウェイ、揺れるかもだから少し待つって」
 あーあ、残念。と彼女は言った。夜景見たかったのにと。
 待合室は、俺たちみたいに夜景に振られた観光客でごった返し、不平不満が燻ってる。
「そうだね」
「終バス、出ちゃうねえ。今夜中にうちに戻れるかなあ」
「どうかな」
「……小谷くん、落ち着いてるね。悔しくないの、夜景も見られなくていつうちに帰れるかどうかも分からないのに」
 少し訝しむように俺の顔を覗き込む。その眼差しの愛らしさにキュンとする。
 でもそれを気取られないように、視線を逸らして
「悔しいよ、ついてないよほんと」
と言う。
「だよね。こんなことになるなんてー、あたし雨女かなぁやっばり」
 しょんぼり言うから、俺は内心ゴメンと謝る。
 ごめん。
 君のせいじゃあないんだよ。
 やっとこぎつけたデート。急な悪天候で夜景が見れないのもロープウェイが止まるのもきっと俺のせい。
 俺が太谷ならきっと今夜は晴れて、それはそれは綺麗な夜景を観れているはず。
 そして重ねてごめん。帰りの見通しが立たないことを内心喜んでて。
 君と一緒にいられる時間が増えるだけで、俺は天国へ登る心地なんだ。
 ナイショだけどね。
「また来ようね、小谷くん。今度こそ一緒に夜景見たい」
「……うん」
 俺は頷いて待合室のベンチにもたれた。彼女と肩がちょっと触れた。
  
 大谷翔平みたいにはとてもなれないけど、今俺はとても幸せだった。

 #夜景

9/18/2024, 11:02:55 AM