木蘭

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【相合傘】

「何でそんなもの持ってるのっ‼︎」

高校生のころ、家に帰ると妹の美月が母に怒られていた。母が感情をむき出しにするのを見たのは、そのときが最初で最後かもしれない。美月は、下を向いてひたすら母の怒りが鎮まるのを待っているようだった。

「今すぐ捨ててしまいなさい!」

母はそう言って、その場を去った。美月は、母が目の前からいなくなると大きく伸びをした。

「あ〜あ、見つかっちゃったぁ。失敗失敗」

「見つかったって何がだよ、美月?」

「これよこれ。見つかっちゃったから、もう効力ないんだけど」

そう言って、美月は小さく折り畳んだ紙を俺に見せた。そこには、一筆書きで書かれた相合傘と「カケル」「ミヅキ」という名前があった。

「は? お前なんで俺らの名前書いたの?」

「違うって‼︎ これは2コ上の先輩のこと!お母さんもそれを誤解したんだと思うけど、聞く耳もってくれなくて…」

美月は、憧れの先輩への片想いを成就させるべく、「自分で書いた相合傘の紙を小さく折り畳み、肌身離さず持ち歩く」というおまじないの最中だった。財布に入れていたその紙をうっかり落としたところに母が来て、その中を見てしまったらしい。先輩の名前が偶然にも俺と同じだったことで、話がややこしくなってしまった。

「なるほど、そういうことか。まぁ、母さんも落ち着けば忘れてると思うけど。ただ、またこんなことがあると面倒だから、別の方法を考えた方がいいぞ」

「うん…そうだね、わかった」

美月は少ししょげていたが、折り畳んでいた紙を破ってゴミ箱に捨てた。そして「さ〜て、次どうしようかなぁ」と言いながら自分の部屋へ入っていった。

「…なぁんだ、先輩かよ」

俺は、ちょっと複雑だった。ホッとしたような寂しいような…美月が「実の妹」ならそんな感情にはならないだろう。あいつはまだ、この真実を知らない。

6/20/2023, 9:18:39 AM