【ありがとう、ごめんね】
私が産まれた時、家にはもう柴犬のタロが居た。タロは私より一歳歳上の良いお兄さんだった。
タロと私は、ボール遊びをしたり、散歩に行ったり、時には喧嘩したりしながら一緒に成長していった。一人っ子の私にとっては、タロだけが本当の兄弟のように思えた。
私たち家族は、タロのお陰で賑やかで退屈しない、とても楽しい日々を送っていた。
それから時が経ち、私は大学進学と共に一人暮らしをすることになった。この時、私は十八歳、タロは十九歳。
タロは白内障になり、目がほとんど見えなくなっていた。大好きな散歩をしても途中で疲れてしまい、寝ている時間が多くなった。
「タロ、行ってくるね」
引っ越しの日の朝、眠っているタロに声をかける。するとタロは白く濁った目を細く開けて、「くぅん」とどこか悲しそうな声を出した。まあ、眠いから話しかけられるのは迷惑だ、と言ってるだけかも知れないけど。
「またね」
私はタロを目一杯撫でると、家族と十八年暮らしてきた実家を後にした。
一人暮らしを始めたら、すぐに寂しさに襲われた。家族、特にタロが居ない生活は初めてだ。タロが居たから、一人っ子でも両親が仕事で留守番をしていても、寂しい時なんて無かったんだと気付いた。
(タロ、ありがとう)
スマホに入ったタロの写真を見ながら微笑む。このスマホには、可愛いタロの写真や動画がたくさん保存されているのだ。写真を見ているとタロにすぐ会いたくなったけど、しばらくは一人で頑張らないと。
母から連絡があったのは、それから一週間後のことだった。
「……朝起きてきたら、タロが息をしてなかったの」
スマホを耳に当てたまま言葉を失う。父も母も、そして私も。誰一人タロの側に居ない時、たった独りで死なせてしまった。いつも一緒に遊んでくれて、一人っ子の私に寂しさを感じさせなかったタロ。それなのに、私はタロに寂しい思いをさせた……。引っ越しの日の朝に聞いた鳴き声が悲しそうだったのも、気のせいじゃなかったのかも知れない。
「ごめんね、タロ……」
今から、タロに会いに行こう。沢山のありがとうとごめんねを伝えるために。
12/8/2023, 10:28:57 AM