「さいあく……」
最寄り駅について気付いた定期がないという事実。
定時に珍しく仕事が終わってウキウキで帰ろうとしたこの目先に自分のしでかしを恨む。
バックやポケットの中を思いつく限り探してもお目当てのものは見当たらず…
なんでこういう日に限って…と心のなかで叫ぶ。
結局見つからないため重い足取りで改札前の窓口に足を向ける。
「すみません…定期を落としてしまったみたいで…」
駅員さんにそっと声を掛けると細身の狐目なイケメンさんが出てきた。最寄り駅は田舎で人も少ない時間ということもあり、事務所の中は落ち着いていた。
「はい、乗ってきた号車はわかりますか?」
あちゃーという同情の表情でこちらを見てくれるお兄さん。きっと何人も同志がいるんだろうな。
ごめんなさいお仕事増やしちゃって……と内心思いながらお兄さんに詳細を話す。
「7号車の17:00光駅から想咲駅までです…」
その後も定期のケースや名前についてをこと細やかに話し、丁寧に対応してくれた。
「もしもし…はい…あぁそうですか。ありがとうございます」
ガチャリと切れた電話の後、お兄さんは申し訳なさそうに車内には落ちていないみたいだと話してくれた。
明日は自腹かぁと腹をくくりお礼を言って駅を出たところで電話がかかってきた。
「もしもし…先程対応させていただいた想咲駅の神崎です。今お名前で検索をかけたら光駅に保管してあるそうで…!今から駅に戻ってこれますか?」
と希望の光のような電話に私は表情を一変させお礼を言い電車に乗った。
あぁお兄さんいい人だったな…めんどくさいだろうにこんな丁寧に対応してくれて…
偉そうなおばちゃんにも丁寧に対応してたし…
とお兄さんに心を馳せていると目的駅につき、見事目当てのものを手に取りうきうきの心を取り戻した私は帰りの電車に乗った。
そういえば駅員のお兄さん、神崎って名乗ってたけど幼稚園の初恋の男の子と同じ名前だなぁ…
神崎くんもイケメンで優しかったんだよなぁ…
『未来ちゃんどぉしたの?え!?お気に入りのハンカチなくしちゃったの?じゃあぼくもいっしょに探す!!』
なんてすぐ手を貸してくれるところ大好きだったなぁ。もう一回会いたいなぁ…まあどこにいるかもわかんないし無理だけど。
なんて帰りの電車で思いを過去に馳せていると最寄り駅に到着した。
お兄さんにお礼してかーえろと思い足を改札に向けるとお兄さんと目が合った。
お兄さんは目が合った瞬間パッと瞳を輝かせて
「無事戻ってこれたんですね!!よかったです!」
とても心が癒される反応をくれた。
「神崎さんのおかげです。お手数おかけしました…本当にありがとうございました。」
社会人らしく御礼を言うといえいえと笑みを浮かべてくれた。ホントいい人だなこの人。
「いえいえ、次はお気をつけてくださいね。」
彼も社会人らしく会話をしてその日は終えた。
数日後もあのお兄さんいい人だったなぁ。なんてぼんやり思い出しながら久々の休日に趣味の本屋巡りをしていると、ふと興味のある帯に目が吸い寄せられた。
‘あの日の出逢いは初恋の君だった’
よくあるありきたりの文句だし、こんな言葉いっぱい見てきたはずだったのになぜか今日の私には刺さってしまった。
そっと手を伸ばすと横からも同じ本に手を伸ばした人と重なった。
ドラマじゃん…と思いながらもパッと相手を見ると同じようにこっちを見た彼が目を丸くした。
「みらいちゃん…」
思わずといったようにポロリと出た彼の言葉に今度は私が目を丸くした。
え、知り合いだったっけ?と内心首を傾げて相手を観察すると彼は数日前丁寧に対応してくれたお兄さんと同一人物だということに気がついた。
「あっ!!神崎さん!!」
あの日は帽子で髪をオールバックにしてたし制服だしで全然気が付かなかった。
ポンと手を打つと彼は照れたようにお辞儀をしてくれた。
「あの日はホントにありがとうございました…」
改めてお礼を言うと彼は「いえいえ、お気になさらず…!仕事として当たり前ですから!」
なんて社会人の鏡のような返答をくれた。ほんとに人としてできた人だなぁ。みんな神崎さんみたいな駅員さんになってくれたら世界はより一層幸せになるのに…なんて馬鹿なことを考えていたら、彼は何故か照れたような笑みを浮かべた。
「すみません…これラストですね。是非未来さんがお手にとってください」
「え、いやいやそんなむしろ神崎さんが読みたかったんですよね…?この間のお礼にもなりませんが譲らせてください!!」
日本人の譲り合い精神をお互いが発揮し数分間の攻防が続いた。神崎さんふわふわしてそうなのにめっちゃ頑固…なんて内心焦っていると「ゴホン」といかにもな店員さんがこちらを見ていた。ぱっと見ると閉店間近でうわぁと2人揃って焦った声を出す。
「じゃあとりあえず僕が買っちゃいますね!」
と彼の手に渡った本をみてホッとする。私もなんか買って帰ろうと辺りを見渡すとさっきの本の隣にもう一冊本があった。
それを手に取りレジに向かうとちょうど神崎さんの会計が終わったようで空いたレジに対応をお願いする。
「ありゃーとーございましたぁ」
と少しやる気のない店員の声を背景に2人揃ってお店を出ると彼とパチっと目が合った。
「この本どうします?きっと未来さんはもらってくれませんよね…あ、僕が読み終わったらでよれけば…」
どこまでもいい人なんだなぁなんて一種の感動を覚える。私も読みたいし甘えちゃおと口を開く。
「すみません。神崎さんがよろしければ是非」
そう返すと彼はぱっと笑みを浮かべて「もちろんです!」と返してくれた。
あ、じゃあ連絡先を…とNINEを交換すると神崎颯斗と書かれた名前と猫と本のアイコンが出てきた。
「この猫ちゃんとても可愛いですね…」
思わずつぶやくと彼は嬉しそうに「実家の猫なんです」と返してくれる。
「じゃあ読み終わったらご連絡させていただきますね!」
と満面の笑みでその場を離れ思わぬ縁ができたことに驚きながらも私は足取り軽く家へと歩き始めた。
その後、彼とメッセージを続け同じ空間で本を読む関係なり、数年後、そういえば、彼と再会をしたのは織姫と彦星が唯一会える特別な日だったね。
とおそろいの指輪をつけて、笑い合うのもそう遠くない未来の話である。
#願い事
7/8/2025, 11:07:36 AM