香草

Open App

「ふとした瞬間」

高校の帰り道、小屋のようなプレハブで出来立てアツアツのコロッケを売っている店があった。
ずっとニコニコと赤ら顔で少しだけ酒の匂いがする爺さんが売っている店だ。
ちょうど手のひらに収まるほどの小さなコロッケだったが、学校から帰る腹ペコの学生にとってはちょうどいいオアシスで、サッカー部だった僕も夕飯までの時間をそこで潰すのが習慣となっていた。
まさに今揚げたてかのように、平袋にじわっと油が染み出していて、サクッといい音を立てると中からホクホクのジャガイモが現れる。
夕焼けに照らされながら友人と食べたそれはまさに青春の味だった。

帰宅した午後10時。スーツ姿のまま、冷凍庫を開けて冷凍うどんの袋を破る。湯を沸かしている間にスウェットに着替えて風呂に湯を入れる。
無駄が削ぎ落とされた効率的でスムーズな動き。
ただでさえ少ない家での滞在時間で効率的に自由時間を生み出そうとした結果の動き。
仕事よりもずっとテキパキと動けているかもしれない。
鍋の湯はふつふつと泡が浮いてきている。うどんをそっと入れるとぐぅ、とお腹が鳴った。
そういえば、今日は昼ごはんを食べ損ねた。
とんでもないクレーマー客が昼休憩のつい30分前にやってきてその対応をせざるを得なかった。
今思い出しても、あのジジイにふつふつと怒りがわいてくる。
「ちょっとだけ、贅沢するか」
倹約、節約を家訓に掲げている我が家において、うどん以外の惣菜を用意することは滅多にない。
俺はまた冷蔵庫を開けた。

「あー、これ忘れてたな」
見つけたのは冷凍のコロッケ。1週間前の安売りで買って冷凍庫に放置していた。
電子レンジで600W3分。500W4分。1分の長さよりもなんとなくたった100Wの電気代が惜しくて500Wに設定する。
うどんがちょうど茹で上がるのと同時にレンジが鳴った。
冷凍うどんと冷凍コロッケ。少しだけ贅沢な食卓。
そういえば高校の時、家での夕飯がコロッケだった時は絶望したな。ふとそんなことを思い出した。
プレハブのコロッケ屋。今度地元帰った時に寄ろうかな。そんなことを思いながらうどんをすする。
そしてコロッケを一口。
夕焼け。プレハブの小屋。
コロッケの味と共に走馬灯のように駆け巡るコロッケ屋の景色。
「あの爺さん、冷凍コロッケ出してたのか…」
赤ら顔の爺さんが思い出の中でピースした。


4/28/2025, 6:45:20 AM