「くしゅん!」
不意に出てしまったくしゃみの直後に、私はとっさに目を覆った。指の腹にじんわりと涙が溜まる。私は片方の手でバッグの中をまさぐりティッシュを取り出した。
「あれ、ミサキって花粉症だっけ」
ミスドで一緒にお茶してたアカリが私の仕草に気づいた。口の中でポンデリングが踊っている。
「んーぞぅ」
しゃべったら鼻水もヤバそうだと感じて、ティッシュをもう一枚出して鼻に押し付けた。
せっかくの春休みなのに、外出が憂鬱で仕方がない。この時期にくしゃみをすると途端に目の前が黄色くなるからだ。黄色い涙はアレルギーの証。もうサイアク。
「あ〜、目元がコナミダ色になってる〜」
アカリがからかってきた。
「やめてよ〜、もうヤダヤダ、この時期ホント人と会いたくない!」
花粉症によって溢れてくる黄色い涙のことを「粉涙(コナミダ)」と言うようになったのはいつからなんだろう。名称がかわいくなったからって、症状は少しも軽減されないし、黄色い涙がダサいのは同じだ。むしろイジられているようでムカつく。しかし「コナミダ」という言葉は、いつしかアレルギーで出る涙を総称して使われるようになった。
「そんな状態なのにわたしと会ってくれるミサキは天使だよ」
「なに言ってるの。親友との残り少ないイチャイチャできる時間なんだから。なにを投げ打ってでも来るって」
アカリは関西の大学に進学する。もう今までのように毎日おしゃべりすることはできない。残りの時間は全力で遊ぼうと決めていた。
「薬飲んでるの?」
アカリは心配して聞いてくれている。
「うん。花粉症の薬は飲んでる。でもあの怪しい薬は意地でも飲まない」
最近では涙を透明にする薬が販売されている。【黄色い涙にお困りの方に!】【コナミダ色とはもうおさらば!】なんていうキャッチコピーがCMで踊る。あのCMで誇張されてる着色した涙の色、やたら腹立つんだよな。そんなに汚くないよ!って。本当に悩んでいる人のことをバカにしている。
それに「いやいや、そんな薬の研究してる暇があったら花粉症が完治する薬を作ってよ!」などとツッコミを入れる人も多い。そんな現実だから「業界が金になる花粉症をわざと治せない病気にしているんだ」などと陰謀論を唱える人もいる。花粉症ビジネス、もといコナミダ色ビジネスは信用できない。
「卒業式は大丈夫だったの?」
つい数日前が卒業式だった。
「それはもう必死だったよ。コナミダを流してなるものか!って思いながら、必死で悲しいこと考えてた」
悲しみは青い涙だ。
「あはは! 卒業式でそんなこと考えてたの、ウケる」
「だって想像してみなよ、あいつ卒業式でも花粉症で泣いてたぜって、一生言われるんだからねっ」
「だっはっはっは!」
気づいたら私も笑っていた。ヤダこれ私の鉄板ネタになるかもしれない。
「ほらコレ! ちゃんと青い涙で写ってるでしょ」
私はスマホから卒業式の日の画像を出してアカリに見せた。私の目元は青みがかっている。
「ホントだ。これ、何を想像してたの?」
「……元カレにフラれた日のこと」
「ウソつけぃ! あんとき赤い涙出してただろ」
「だははっ」
そういえばあのときもアカリと反省会したんだった。今となってはこれも笑い話だなぁ。
「見てみて、隣のゆみちょ、これ緑じゃない?」
見ると仲良しグループのゆみちょは緑色の涙を流している。
「悲しい涙とコナミダが混ざっちゃってる! あぶない、私もこうなるところだった!」
「よく我慢した、えらい! あはは!」
笑いすぎて涙が出てきた。目元を拭うと白い涙だ。アカリといるときはいつも楽しかった。笑っている思い出しかない。アカリとくだらないおしゃべりができるのも、あと数日。
それまではずっと白い涙で笑っていよう。青い涙が隠せるように。
3/30/2025, 1:37:37 AM