うぐいす。

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 ―――パラレルワールド売り〼

 そこは現実か幻か。
 どこまでも続く白い部屋の中央には、重厚なテーブルと荘厳なチェアが置かれており、そこに一人、仮面を被った素性のわからぬ男が座っていた。
 男はただ一言。
「パラレルワールド売ります」
 パラレルワールド。
 こことは少しだけちがう、もしもの世界。
 あのとき、ああなっていれば。
 と、そんな願いが叶ったかもしれない世界。
 そんな世界なら、もしかすると。
 生まれるのが、一日だけ早いかもしれないし
 プリンを買ってきて、だなんて駄々を捏ねないかもしれないし
 もう少し早く、気になるあの子に告白できていたかもしれないし
 電車が遅れなかったかもしれないし
 上司に反抗できていたかもしれない。
 ああ、その世界はなんて、幸福に満ちていることでしょう。
「―――買います」
 と、気づけば口が動いていた。
「毎度ありがとうございます。それでは―――貴方の世界との引き換えとさせていただきます」
 ぐにゃりと視界が歪んだ。






 
 
 そこは現実か幻か。
 どこまでも続く白い部屋の中央には、重厚なテーブルと荘厳なチェアが置かれており、そこに一人、仮面を被った素性のわからぬ男が座っていた。
 男はただ一言。
「パラレルワールド売ります」
 パラレルワールド。
 こことは少しだけちがう、もしもの世界。
 あのとき、ああなっていれば。
 と、そんな願いが叶ったかもしれない世界。
 そんな世界なら、もしかすると。
 生まれるのが、一日だけ早いかもしれないし
 プリンを買ってきて、だなんて駄々を捏ねないかもしれないし
 もう少し早く、気になるあの子に告白できていたかもしれないし
 電車が遅れなかったかもしれないし
 上司に反抗できていたかもしれない。
 ああ、その世界はなんて、幸福に満ちていることでしょう。
 ―――けれど。
「私、猫を飼っているの。会社の帰り道に拾ったのだけれど、酷く弱っていたし、おまけに人間嫌いのようで、中々懐いてくれないの。―――けれどね、最近やっと、触らせてくれるようになったのよ。
だから、買わないわ」
「猫は、貴方より早く寿命がきてしまう。そうなれば、貴方はまた、独りになってしまわれます」
「そうね。もしそうなったら⋯⋯それは、またそのときに決めるわ」
「⋯⋯そうですか」

 そうして、今夜は店じまいとなった。
 そこは夢か幻か。
 いつ開かれるかもわからぬ白い部屋。
 次に開くのは、いつになるやら。
 ―――誰のところになるやら。


(パラレルワールドのパラレルワールドのパラレルワールドのパラレルワールドの⋯⋯⋯⋯)

9/25/2025, 1:52:30 PM