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『巡り逢い』

 この王国が魔王と戦い続け、今まで選ばれた勇者達が殺された数なんてもう覚えていない。

 多くの血が流れた。涙だって枯れるほど流した。

 まあそれも、私達と今日で終わるけど。

 魔王の体が朽ちてゆく。天に消えてゆく塵は私達の勝利を証明し——

「この怪我じゃ……無理だな……」

 倒れている私と彼の周りを流れる血は、私達の死を意味していた。

 先程まで感じていた耐えられないほどの苦痛が無くなって行くのが分かる。決して傷が癒えているのではなく痛覚が鈍っているのだろう。

「煌驥の……傷を……治し……」

「やめておけ……そんな事したらすぐに死ぬぞ……」

 彼に伸ばした手は彼によって止められ、冷たい感触に包まれた。

「……つめ、たいね」

「ご愛嬌だ……小夜……少し話そう……」

 いつもの明るい笑みはどこか寂しそうで、互いに終わりが近づいていると本能で理解する。

「付き合って5年……日本からここに飛ばされて20年前後くらいか………? 長かったなぁ……」

「……うん……本当に……」

 私達と一緒に飛ばされてきた煌驥を抜かした3人。その人達が旅路で死ぬまでに2年もかからなかった。

 そこから煌驥と私、2人で死線をくぐり、漸く魔王に辿り着いたら相打ちで終わり。

 旅路で煌驥と話していた同じ家での生活やデート、老後のことまで全て水泡に帰した。

 ……そんなの、世界を救った英雄達にはあんまりじゃない?

「来世……」

「………?」

 彼が私に視線を向けてくる。その言葉の意味がわからずに首を傾げると、彼は致命傷を負っているなどとは思えぬ真剣な面持ちでこう言った。

「必ずお前に逢いに行く……どこにいても……どんな姿になっても……」

「……うん」

「だから……!」

 いつか決めた、あの約束。もしどちらかの最期が訪れたら——

「その時は、俺と結婚してください……!」

 笑顔で見送り、笑顔で旅立とう、と。

「……うん!」

 私の手を握る彼の手が力なく離れた。涙が零れ、すぐに私の意識も薄れて行く。

「待ってる……から……」

 そこで私の視界は途切れた。

※※

 最近私は両親の元を離れて一人暮らしを始めた。

 ある程度の家事は出来るし、数年前に開業したカフェも黒字が続いていて順風満帆。……なはずなのに……

「うっ……」

 幼少期から続く謎の頭痛。医者でも原因はわからないらしく、どんな薬も効かなかった。カフェの営業時間終わりなのが不幸中の幸いだけど。

 感覚の話になってしまうが、この頭痛は何かを思い出そうとしているように思える。何を、なんで、その理由はわからないけど、何故かそう思うんだ。

 その時、チリンチリンと店の扉が開かれた音がした。

「あの、もう今日の営業は終了していて——」

「あの時から言ってた夢、叶えたんだな」

「ッ!」

 面識は無い。完全に赤の他人なはず。なのに、何故か涙が溢れてくる。

「魔王を倒したらカフェを開きたいって、そう言ってたもんな」

「あ……」

 声。その姿。興味深いものを見る時にする顎を撫でる癖。そして私に向けるその笑顔。

「なんで……」

「おいおい、あの時言ったじゃねぇか。まあ、また20年くらい待たせてしまったけどな」

 ごめん、と手を合わせながら謝ってくる彼は、前から変わらない。

 そう、前からずっと。

「逢いにきた。そしてあの時約束した事を果たしにきた」

 彼がまた笑う。最期の時の笑顔じゃない。いつも私に元気と勇気を与えて、未来への希望を持たせてくれた、優しい笑み。

「小夜さん。俺と結婚してください」



 

4/25/2025, 6:33:42 AM