「洋介さん、買い出し中なの。すぐ戻って来ると思うけど、先に何か飲む?」
「じゃあ…アイスココアがいいな」
逆上がりができた日、近所の子どもに意地悪をされて泣きべそで帰ってきた日、母が陽菜をここに預けて帰ってしまった日、高校受験に受かった日…
ことあるごとに、いつも叔母は作ってくれた。
少し砂糖が控えめで大人っぽくて、生クリームが混ざってフワッとしたした感触になるのが、たまらなく好きだった。
コトンと置かれたグラスは結露して、つーっと滴が一粒流れていった。
カウンター越しに叔母が笑う。
「私も好きよ、ココア。あったかい気持ちになるよね」
こんなに冷たいのにね。と陽菜も笑みを返した。
カランコロンカランとドアが開いて、陽菜はそちらに目をやった。
「おじちゃん、おかえりなさい」
「おっお、おかえり…!いや、ただいま!」
叔父は頭をかきながら調理場へ向かう。
カウンターの向こう側、2人が仲良く仕込みをするのを、陽菜はずっと眺めていられるなと思った。
カウンターの一番奥の席からは、調理場が見渡せる。
そこは、陽菜の特等席だった。
それは多分、叔父や叔母の方からも、調理場のどこにいても、陽菜と目が合うようにと、考えてのことだったのだろう。
陽菜は子どもの頃と同じように、大切に、ゆっくりと、ココアを味わった。
「視線の先には」
7/20/2023, 11:25:44 AM