烏有(Uyu)

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別れを告げるため、私は黒のワンピースに腕を通した。
君は遠くに行ってしまった。


「聞いた?アッキーとゆりちゃん別れたらしいよ」
私達が付き合って間もない頃、同じサークルの同期カップルが別れた時、君は言ったよね。
「聞いた聞いた!…なんかゆりちゃん、浮気してたらしいじゃん。」
「えっまじで?!意外すぎるね…。」
ゆりちゃんは、黒いサラサラのストレートヘアがチャームポイントで、厳しい門限をしっかり守る真面目なお嬢様という印象だった。
「まじで、浮気とかする奴ってきしょすぎるだろ。」
珍しく君は、軽蔑と嫌悪を隠すことなく表現した。
そういえば以前に、君は他の誰にも話したことがないことを教えてくれたよね。
君のお母さんが、幼い君を残して、お父さんではない男の人のもとへ行ってしまったこと。
お父さんは上手く君を育てることができずに、ほとんどをお祖父さんとお祖母さんの家で過ごした幼少期。
私もね、高校生の時に二股をかけられて、すごく辛かったって話をしたよね。
辛い思いをした私達2人は、お互いの一途さを信頼していた。
そのはずだったのに。

「…もう別れたいんだ。」
付き合って1年半が過ぎた頃だった。
「…なんで。」
「嫌いになったとかじゃないんだけど、もう疲れた。」
そう言って君は去った。
たくさん泣いた。
1ヶ月くらいすると、泣くのにも飽きてきて、君のいるサークルにも顔を出せるようになった。
だけど…。
「聞いた?」
「え、なに?」
サークルでいちばん仲のいい友達、さな。
さなの真剣な表情と声のトーンに、急に心臓が大きな音を立て始める。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど、じゅんとミタちゃん付き合ってるらしいよ。」
君と、1つ後輩の女の子が付き合い始めたことを教えてくれた。
「しかも、もしかしたら、あんたと付き合ってる時とちょっと被ってるかもしれないらしい。」

うーん。
私は、君にすべてを開示したつもりだった。
全幅の信頼を置いていたし、性格や考え方が似ている君を、もう1人の自分であるかのように思っていた。
でも、そう捉えていたのは私だけだったんだよね、きっと。
自分と同一視していた君の考えていることが分からなくなったことは、恐怖だった。
きっと、君は死んでしまったんだと思う。
大好きだった君は死んでしまったんだ。
だって、君は傷ついた経験があるんだから、人にそんな思いはさせないはずだよ。
きっと、今「水谷潤也」として生きている人は、君ではないの。
君の身体を借りているだけの偽物。
大事な君の身体で、君ではない振る舞いをするなんて絶対許せない。
だから、私が終わらせにいくね。

真っ黒なワンピースに、白い真珠のネックレス。
小ぶりなバッグに、買ったばかりの刃物を潜めた。
大好きな君にさよならを言うために、2人の思い出が詰まったマンションの部屋に来たよ。
大丈夫。合鍵を返す前に、複製しておいたから。
チャイムは鳴らさないで入るからね。

9.大好きな君に

3/4/2023, 10:28:38 AM