「どうした?何を見ている」
只管に一点を見つめる幼子の、その視線の先。僅かに歪む光に、あぁと納得する。
「あ、おにさま。あれ」
「無名だな。名がない故に形を持たぬ、成りかけだ」
「?あかい花。見えるのにかたち、ないの?」
首を傾げ、無名と己を交互に見る幼子。揺れる金の瞳を隠す様に抱き上げる。
「おにさま。見てはいけない?」
聡い子だ。多くを語らずとも理解し、行動する。肩口に顔を埋める幼子の背を撫で、さてどうするべきかと思案する。
本来は人には見えぬモノ。しかしこの幼子はその存在に気づき、形を認識した。人の身でありながら妖の先すら見通す見鬼の眼は、時にその心身に危害を及ぼしかねない。
「見え過ぎるのも考えものだな」
眼を閉じる術などいくらでもある。だが安易に閉じてしまっては、幼子が狭間で彷徨う事になるだろう。
加減が難しいと苦笑しながら、幼子の顔を上げ。その両の瞼に唇を落とし、呪を紡いだ。
「おにさま?」
「ただの目眩しさ。子供騙しではあるが、何もないよりは幾分楽だろう」
「ありがとうございます?」
意味を分かりかね、それでも礼を言う幼子を下ろし頭を撫でる。
目を瞬かせ笑うその姿に笑みを返し成りかけを指差せば、先程と異なり何も見えぬ事に首を傾げた。
「いない?…見えなくなった?」
「見なくても良いのであれば、見えぬ方が良いからな」
辺りを見回す幼子にそう告げれば、金の薄れた琥珀と視線が交わり。腕を広げて願われ再び抱き上げれば、柔らかなこの唇が頬に触れる。
「ありがとう、おにさま。大好き」
「……そうか」
屈託ないその笑顔に、頬に触れた温もりに、気恥ずかしさから視線を逸らす。
「主は時折末恐ろしくなるな」
「おにさま?」
首を傾げる幼子に、何もないと首を振り。
急く鼓動を半ば誤魔化すように踵を返し、塒へと歩き出した。
20240720 『視線の先には』
7/21/2024, 7:21:04 AM