淡い花の色とか晴れた空とか。澄んだ空気や行き交う人々の希望に満ちた顔だとか。
愛しいものの多い春。ニヒリストもペシミストも、毒気を抜かれて調子も乗らず、ぼんやり泳ぐ淡水魚のようだ。
コーヒーショップで窓に面したスツールに座って、眺める風景はシェードのお陰で眩し過ぎずにすんだ。控えめな湯気を上げる無糖カフェオレの苦みを渋々と味わいながら、自分の選択眼の良さに安堵する。
『大嫌いだ。』
胸の内でつぶやく。萌黄色に膨らむ木の芽も、どこか同情心を含んだお前の微笑みも。穏やかな季節の中で、ただひたすらに癪に障る。
ろくな会話のない間柄、話す言葉にどれだけの意味があるのか。顔を合わせる回数ばかりが増えて、互いのことは知らないままだ。
それでどうして、親しげに笑いかけるのか。間に合うならば、他人に戻りたいところだ。
『嫌いなんだよ。』
面と向かって言えないのは、それがもたらす関係の終着点が、赤の他人ではなく、相手にとって私が、苦手な知り合いになってしまうからだ。それは私の感情だというのに。
お前の中から、私に関する記憶の一切合切が消えてしまえばいい。名前も、関係も、約束もすべて。
「コーヒーはブラックしか飲まない。美味しくないから。」
淹れたてのコーヒーを片手に、わざわざ私の隣に腰掛け、屈託なくこちらに笑いかける。自然と持ち上がる口角に、湧き上がるのは怒りか憎しみか、それとも他の何かなのかはわからない。
「そうなんだ。」
否定も肯定もせず、できるだけ優しく見える顔をする。他人行儀なハリボテの愛しさを取り繕って。そんな私を見て、お前が眉を潜めながらわずかに笑う。最近良く見る、憐れむような目の色。ああ、吐き気がする。
「たまには、正直になったら。」
お前の言葉に、乾いた笑いをカフェオレで喉へ流し込む。
『お前が嫌いなんだよ。』
淡い花の色とか晴れた空とか。澄んだ空気や行き交う人々の希望に満ちた顔だとか。まるでどれもがお前のようだ。
ここは狭い水槽の、生ぬるい水の中。私はお前の淡水魚。
「そうだね。」
毒の抜けた空っぽな言葉が、虚しくこぼれて泡になる。
【たまには】
3/5/2024, 1:46:50 PM