彼岸花

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心の灯火

今日も窓の外は薄暗く、木は枯れ果て、寒そうだ。
まるで私の心がそのまま形になったみたいだった。

今日も静かな病室で一人死期を待つだけだ。
余命宣告を受けた時には死ぬことが怖いと思っていたが、それよりもずっと怖く、辛いのは今だ。

体の神経はもう働いておらず、痛みすら感じない。
痛むのは心だけだった。

…しばらくして、娘が一人で病室にやってきた。

「お父さん、今日はお仕事だから私が変わりに来たの」
そう言って、私の頭をなでてくれた。

「来てくれてありがとう……ねぇ、あなたはもしお母さんがいなくなったらどうする?」

「お母さんがいないとやっぱり悲しいよ。でも…もし
そうなっちゃったら、このくまさんと一緒に毎日お星様にお願いするの。」

そう言って娘は、私が五歳の誕生日に作ってあげた
くまのぬいぐるみを掲げた。

「ずっと持っていてくれたのね。嬉しいわ」
「うん! だってこれは私の大切な宝物だから!」
娘はそれをぎゅっと抱きしめた。

…「そういえば、お星様に何をお願いするの?」

「えっとね、 空の上のお母さんが、このくまさんの中に入って、私を守ってくれますようにってお願いするの!」

「お母さんがくまさんの中に入るの?」
「うん! そしたらずっと一緒にいられるでしょ!」

「そっかぁ…うん、そうだね」
「お母さん、天国にいってもずっとあなたを
守るからね」

私は今日初めて、娘から『死』とはなにかを教えて
もらった。
『死』は命がなくなることじゃない。
ただ体が動かなくなるだけで、心はずっと生き続けて
いる。

…娘の誕生日に作ったくまのぬいぐるみは
今もあの子の心の灯火になっている。

……私の葬儀にはくまさんの席も出さなきゃね。
娘にとっても、私にとっても、大切な家族だから。

9/2/2023, 1:58:35 PM