作家志望の高校生

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「いらっしゃいませ。」
薄暗い店内を、ぼんやりとした間接照明の光が柔らかく照らしている。
「こちらが本日のメニューになります。」
上品なウェイトレスの制服を着た男が、几帳面に綴じられたメニューを手渡す。店内の僅かな明かりでは、彼の顔はよく見えなかった。
せっかくメニューを渡されたが、今日注文するものはもう決まっていた。
「『子兎』を。」
「かしこまりました。」
小さく頷いたウェイトレスが席を後にすると、気ままに過ごす店員達を見回した。
この店は、それぞれ割り振られた動物を模した衣装を着た店員達と時間を共にすることができる。僕が最近指名している『子兎』は、まだ幼く未熟だ。しかし、持ち前の可愛らしい容貌と、心を開いた時に見せる綻ぶような笑顔が魅力で、僕のような固定ファンが一定数居る。
「お待たせしました!」
ぴょこりとテーブルの下から子兎が飛び出してくる。僕の半分程しかない身体はまだ丸みを帯びていて、子供特有のふっくらとした手足がちょこちょこと動く。
「うん、大丈夫だよ。ふふ、今日はなんのお話を聞かせてくれるのかな。」
「今日は〜……店長さんが昨日読み聞かせしてくれたお話してあげるー!」
ぴょんぴょんと無邪気に飛び跳ねながら言う彼は、まさに子兎。出会った頃の怯えた様子をふと思い出して、今の笑顔を見てじんわりとした満足感を得る。
ここに居る店員達は、基本皆帰る家を失った者達だ。『店長』と呼ばれた男に拾われ、客との交流や接待を通じて報酬を得る。彼らは住み込みで働いている者がほとんどなので、給料は大抵が貯金に回される。そうして、彼らが巣立ちたくなった時、その貯金を使って巣立っていくのだ。
ここは、彼らが僕らをもてなす場であり、同時に僕らが彼らに物事を教え、僅かながら手を差し伸べる場でもある。
彼らの『おもてなし』は、まさに十人十色。子兎のように絵本や遊びの話をする者もいれば、過去の話をする者だっている。お触りを含む者も、そうでない者もいる。
客と店員、双方がもてなし合うようなここで、僕のような社会不適合者は救われる。
彼らを救うことで、僕らもまた存在価値を得られた気になれるから。
足元で楽しげに跳ね回る彼を軽く撫でながら、僕は一時の救済感に満たされる。この店では多種多様なおもてなしが見られるが、きっと一番はコレなのだろうな、なんて思いながら、僕は彼の話を聞いていた。

テーマ:おもてなし

10/29/2025, 7:18:09 AM