幸せとは
幸せとは、きっと足るを知ることなんだと思う。
ずっとそう自分に言い聞かせてきた。
当たり前のように隣に並び、目が合えば声をかける。それが特別だと意識することもなく、いつの間にか続いてきた日常。親友という立場は十分すぎるほど恵まれている。
だから、これで満足するべきだ。そう頭ではわかっているのに。
オレは愚かにも、いつもあいつを求めていた。
- - -
少し頭痛がしただけ。雨の日はいつもそうで、もう慣れたものだった。
わかりやすく顔に出したりなんてしていない、そのはずなのに。
「大丈夫か?」
気づけば、Tがすぐ側にいた。
誰にも悟られないはずの小さな変化を、Tだけが当たり前のように拾い上げる。
そんなことをされる度に胸の奥が静かに騒いだ。
親友として隣にいられるのならそれで十分だろ。これ以上、何を望むと言うのだろう。自分の欲深さにうんざりする。
そもそもこの関係に甘えているのはオレだ。親友という安全な場所にしがみついて、踏み出せば壊れるかもしれない関係を失う勇気がなかった。
こんな感情、抱く資格なんてない。
そう思いながら、オレはいつも通りの笑みを貼り付ける。
「平気平気。雨の日はいつもこうだし」
そう言って歩き出そうとした瞬間、手首を掴まれた。
強くはない。けれど、逃がす気もない力だった。
「お前さ、最近変だ」
その一言で、胸の奥がひやりと冷えた。
これ以上を聞いてしまえば、何かが終わる気がした。
親友という立場も、この距離も、当たり前のように続いてきた日常も。全部が壊れて無くなってしまうような、そんな気がした。
離してくれ、とは言えなかった。
視線を逸らしたまま固まるオレを、Tはそのままにしなかった。
「お前が親友のままでいいと思ってるなら、それでいいと思ってた」
その言葉が、胸の奥で引っかかった。
拒まれたわけでも、突き放されたわけでもない。
どこか遠慮がちで、まるで、オレの出方を、ずっと待っていたみたいな言い方だった。
思わず顔を上げるとTと目が合った。
Tは目を逸らすことなく言葉を続ける。
「……でも俺は、隣にいられるだけでいいなんて、思ったことない」
息が詰まる。
それは、オレがずっと言えなかった言葉だった。
同じ場所で、同じ距離にいながら、同じことを思っていたのだと、ようやく理解した。
幸せとは、足るを知ることだと思っていた。
だからずっと、足りているふりをしてきた。
それでも今、
この手を離したくないと思ってしまった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
-余談-
『無人島にいくならば』2025.10.24
『記憶のランタン』2025.11.19
『白い吐息』2025.12.08
と同じ2人だったりします。
完全に別軸として書いている為、話同士の繋がりは無く、どれも単体で読めるようになっています。
1/4/2026, 8:00:21 PM