「さてと…、このパーツを付けたら完成だわ…」
夏実の目の前には「夏祭り」の風景を模したジオラマが広がっている
数年前に心の病を発症してから、夏実は多くの人が集う場所には行くことが出来なくなった
多くの人どころか、3人ほどで話をしていても夏実にはその話し声が不快な騒音にしか聞こえなくなった
次第に人との接触を避けて家に閉じ籠もるようになり、窓のカーテンはきっちり閉じ、心の扉も閉じるようになった
発病前の夏実は活発な性格でアクティブな毎日を送っていた
特に「お祭り」のあのエネルギーがたまらなく好きで、日本全国のお祭りを追いかけ、金銭的にも時間的にも余裕がある時には海外にまで出掛けていった
人々の生み出すあの躍動感に満ちたエネルギーの中に、夏実は湧き出る命の源を感じ、何度見ても鳥肌が立つほど感動した
その一瞬を逃すまいと、独学でカメラの技術を学びアマチュアカメラマンとしても活躍し始めていた
そんな矢先の発病だった
以前とは真逆のひとり閉じ籠もる生活を支えていたのはジオラマ作りだった
それまでの感動の記憶をひとつひとつを形にしながら、いつかまた「お祭り」を撮りに行きたい…
その思いが唯一彼女をこの世界に留めていた
夏実が今手掛けているのは「夏祭り」の1日をテーマにした地元の賑わいを表すジオラマだった
奇しくも今日は地元の夏祭りの日だ
遠くからお神輿を担ぐ子供達の賑やかな声も聞こえてくる
腰に手を当ててラムネを飲み干す少年の人形の手に、最後のパーツのラムネの瓶をピンセットで優しくつまみ上げ、そっとその手に持たせた
『お祭り』
7/29/2024, 3:52:55 AM