sairo

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朽ちた廃墟の地下。その奥に隠されるようにして、それはあった。

「兄貴が渋い顔をしてたのは、これか」
「どうする?中に残るものを持っていけばいいのか」

姉の言葉に首を振る。

「あれは本物じゃねえ気がする。おそらく歪に近、いずれた空間にいるんだろうよ」

地上の朽ちた建物とは異なり、形を残す格子に触れる。そこに貼られた夥しい符をなぞり、馬鹿らしい、と嘆息した。

「私には符の意味が分からないが、これは封じているのか?」
「そうだぜ。全部封印符だ。化生、邪魅、妖…とにかく人でないモノをこの座敷牢から出したくなかったらしいな」「意味が分からない。藤白《ふじしろ》というのは、人だと言っていなかったか」

訝しげに眉を潜める姉に、そうらしいが、と曖昧に言葉を濁す。
兄の眷属の少女が視た男を、兄は人だと断じた。
それを縁に今を視た兄に従い訪れた地で、確かに座敷牢はあった。だがその内側で錆びた鎖に繋がれていたのは、干からびた骸。訪れた者の目を欺くために置かれた、紛い物
出立する前の兄の表情と言葉を思い出す。
悩み困惑し、戸惑っているようにも見えた。おそらくだが、と前置きをし、意味のない事となるだろうが、と断定をさけた物言いは、兄にしては珍しいものだった。

「聞いた話じゃ、随分と古くさい術を使っていたみたいだが、この符はそこまで古くはないな。せいぜい三百年前ってとこか」
「今は使う者がいない、滅んだ術だったか?」
「使わないっつうか。使えないってのが正しいな。複雑すぎて、頭がやられる」

縛りがない代償に簡易化が出来ず、術師の負担が大きいが故に廃れた術だ。

「複雑すぎる分、解かれ難い。招かれない限りは会えんだろうな」
「ならば、どうする?」

問う形ではあるものの、姉の中でも答えは出ているのだろう。
ここにいた所で、意味はない。ならば一度兄の元へと戻るのが最良だろう。

「戻るしかなくね?んで、嬢ちゃんとこに来たやつと接触するのがいいと思うけどな。たぶんそいつ、ここの引きこもりに関係する気がすんだよな」

勘でしかない事ではあるが。それでも少女の話と先日の狐の話を聞いて、その娘の使う術がよく似ていると感じたのだ。
今は廃れたはずの、ここにいる男が使ったという古い術に。

「とにかく兄貴達に伝えなきゃな。戻るぞ姉ちゃん」

腕を差し出せば返事の代わりに己の腕に収まる姉に笑いかけ。
暗いその場を後にした。





「ねえ、少しいいかな」

放課後。
控えめに声をかけてきた少女に頷き、了承する。
ほっとした表情を浮かべる彼女に、敢えて気づかない振りをして、要件を待つ。

「一緒に来てほしい所があるのだけど」

少女の言葉に直ぐには答えを返さず。
ちらり、と親友を見て、お互いに頷きあった。

「こちらの条件を呑んでくれれば、いいよ」
「条件?」

少女の表情が訝しげなものへと変わる。
条件を出されるとは思っていなかったのだろう。
有無を言わさずの行動ではなかった事、条件に心当たりがまったくなさそうな事。
彼女は違うのだと確信し、内心で安堵する。
親友に目配せをする。頷き親友が机の上に置いた小さな箱を見て、少女の顔色が変わった。

「これを何とかしてくれるなら、一緒に行ってあげるよ」
「なんで、これ」

少女の手がゆっくりと箱の蓋を開ける。
収められていたのは、瑞々しい藤の一房。枯れる事のない、季節外れの花。
開ける前から予想はしていたのか、少女は項垂れて小さく、誰が、と呟いた。

「曄《よう》に送られてきた。誰が送って来たのかは分からない。曄が親戚に連絡しても誰一人繋がらなかった」
「だろうね。あれが動いてしまっているんだ」

はぁ、と嘆息し、少女は顔を上げた。
少し迷うように視線を揺らして、言葉を探すようにゆっくりと話し出す。

「悪いけれど、意味がない。どうにか、は出来る。でも同じ事が繰り返されるはず。それくらい、あれと君は距離が近くなってる。声が出し難いでしょう。それと、右目も少し視力が弱くなっているね」
「分かるんだ」
「そりゃあね。最初にしっかりと否定して、切ったと思ったんだけどな」

小さく首を傾げ。ごめんね、と少女は親友に謝罪をした。

「私と縁が繋がると、あれが寄ってくると思って繋がりはないと否定したんだ。意味はなかったみたいだけれどね。もしかして、あれと直接会った事がある?」
「あれが誰かによるけれど、もしも曄の叔父さんの家にいる守り神だったナニかなら、私達は夏に会った事がある、らしいよ」

少女の顔が歪む。

「それ、最初に言ってほしかった。繋がるのを嫌がって否定した私が言えた事じゃないけど。でもそれなら余計に今は何をしたって意味がないよ。根源を何とかしないと」
「そう。何とか出来る?」
「何とか出来るというか、何とかさせに行く。時間がないな。今から一緒に来てくれる?」

不安を乗せて尋ねられる。
この話の流れで、今更断ると思われているのだろうか。
それこそ意味のない事だと、苦笑した。

「いいよ。逆にここで断ると思う?」
「いやだって。別件でちびたちが色々とやらかしてるからさ」
「あぁ、そう言えばそうだったね。それについても行きながらでいいから話してほしいな」

話を聞いていた親友と視線を合わせ、立ち上がり。
右手を親友と繋ぎ、左手を少女に差し出した。



20241109 『意味がないこと』

11/10/2024, 6:19:08 AM