ゆずし

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社会人になるとどうも行事に疎くなる。バレンタインなんて、店頭に多めにチョコが並ぶだけの日だと思っていた。

「な、なんだこれは……」

その時までは。会社に来ると、俺の靴箱に可愛らしい包装をしたチョコが置かれているではないか。誰かのイタズラか、否。社会人にもなって誰がそんな事するものか、だとしたら入れ間違えしかあるまい。困った事になった。

「おはようございます、先輩」

俺に挨拶をして来た彼女は、同じ管轄の部下。入社時から世話係として一緒にいる。愛嬌もあるしよく出来た部下なのだが、最近妙に何かを企んでいる気がする。

「先輩"何か変わった事"でもありました?」

何も無い、と言いかけてたった今鞄にしまったチョコを取りだした。

「そうなんだよ、どうやらチョコを俺の靴箱に入れ間違えたみたいでな」
「あはは、まさか。ネームプレートも貼ってあるし、学校みたいなハプニングは起こりません。正真正銘、誰かさんから貴方宛に貰ったチョコです」

彼女は、小さく微笑むと。

「で、貰った感想はどうですか」
「いや……誰とも知らぬ人に貰っても感想なんて」
「きっとその人は先輩の働きぶりをずっと近くで見てきた人なのでしょうね。ひょっとすると、普段喋っている人からかも?」

イタズラめいた表情で去っていく彼女。もしかしたら、と思い付いた時には既に姿を消していた。チョコをひとつ摘む。
口に入れると、ほろ苦い味が口全体に広がった。

全く甘くない。このチョコはなんだか、学生の頃とはまるで違う、大人の味がした。

2/15/2023, 12:27:50 AM