すゞめ

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『木漏れ日の跡』

 柔らかい光すら受け止めきれない、乾いた黄金色の葉が項垂れた。
 新緑の隙間からきらめいた夏の木漏れ日とは一変する。
 夏の熱を受け止めた葉が、澄んだ空気を揺蕩いながら地に落ちた。

 西日を受ける木漏れ日が冷えた風に乗せられ影を揺らす。
 長い影と葉の暖色は曖昧に混ざり合い、輪郭をぼかした。
 その影の中を彼女が歩く。
 青銀の髪が金色の光を浴びてキラキラと毛先を弾ませた。

「きれいだったね」

 流動的な光と影のトンネルを抜けながら、彼女はまろやかに微笑む。

「ええ。とても」

 黄金に染まったイチョウ並木の世界よりも、彼女の笑顔が眩しくて目を細めた。

   *

「今日もありがとうございました」

 彼女を玄関先まで送り届ける。
 遠くの空は薄暗な紫を乗せ始め、小さな星を散らし始めていた。

 日に日に日没が早くなり、彼女との時間が短くなる。
 別れが惜しくて、きれいにメイクされた頬を指先で撫でた。

「チェーン、ちゃんとかけてくださいね」
「えっ」

 頬から手を離したとき、彼女の瑠璃色の瞳が動揺を見せる。

「帰っ……ちゃう、の?」

 寂しげに引き止めた彼女は色めいた雰囲気を醸して俺を魅了した。

「え?」

 イチョウ並木を歩いていたときの神秘的な姿とは、また違う意味で俺を誘惑する蠱惑的な眼差しに生唾を飲む。
 俺のコートを袖口を掴む、彼女の細い指が震えた。
 赤くリップを引いた唇が控えめに動いたため、その口元を指で押さえる。

「その、俺、……我慢、きかなくなるんで」

 後ろ髪引かれる思いで離れようとしているのだ。
 そんな扇状的な顔で引き止めないでほしい。

「我慢、……なんで?」

 んんんっ!?

 ポツリと溢した彼女の言葉に耳を疑う。
 自分の大胆な発言に気付いたのか、彼女も顔を赤く染めながらワタワタと慌てはじめた。

「あ、や……。ご、ごめん。困らせたいわけじゃ、なくて」
「いえ。うれしいですよ」
「あう……」

 プスプスとオーバーフローしていく彼女に、顔が緩んでいく。

「俺、朝弱いんです」

 明日の午前中はアルバイトが入っているため、早めに彼女の家を出なければならない。
 彼女も仕事があるから、慌ただしくさせてしまうと思って帰宅しようとしたのだ。

 しかし、ほかでもない彼女が引き止めてくれるのなら、その厚意を無碍にする理由はない。

「明日、ちゃんと俺を起こしてくれますか?」
「わかっ、た」

 キラキラと西日を受け止める長い睫毛が恥じらいながら揺れた。
 ドアノブに手をかけ、彼女を玄関へ促したあと鍵とチェーンをかける。

 人目がなくなった瞬間、お日様の香りを纏った彼女を抱きしめた。

11/16/2025, 5:10:49 AM