修学旅行で泊まったホテル。別段面白いものなんてありそうもない、何の変哲もないホテル。消灯時間後にわざわざ部屋を出たところで、先生に見つかったら怒られるリスクがあるだけ。それ以外何もない、はずだった。
「……あれ? こんばんはあ。君も冒険?」
だけど、先客がいた。
【小冒険の目的地】
「よし、前方の安全を確認。そっちは?」
「……あ、えと、後方の安全を確認……?」
「OK! 全速前進!」
何となく、流れで一緒に行動することになった。君が前方の確認担当で、僕が後方。女の子の後ろをついて歩くというのは少し情けない感じもするが、それ以上になんというか……。
多分、これは背徳感だ。同じクラスというだけで、話したことは一度もなかった優等生。目的も何もない冒険に唯一存在していた、背徳感。それが、君という加速装置によって急激に増幅していく。
「……先生に見つかったら、不純異性交遊だと思われちゃうね」
「はあ!?」
なな、何が不純なものか。胸の内の背徳感から目を逸らし、白々しくもそう思う。僕ら、手だって繋いでないじゃないか。
「大声出さないでよ、本当に先生に見つかっちゃう」
だけど君の言う通り、二人でいることで罪が分散して半分になるなんてありえないし、むしろそれは背徳感に比例するように、二倍、三倍と増幅していくだろう。……だったら、どうして君は僕と行動を共にすることを選んだのだろう。というか。
「これ、どこに向かってるの? 君はそもそも、何のためにこんなリスクを負って外に?」
「んー……。そんな質問をしてる暇があったら、後方の安全管理に努めてほしいんだけどなあ」
呆れたような声。踏み込んではいけなかったか、と僕が思った瞬間、君はばっと勢いよくこちらを振り返った。……前方の安全管理に努めてほしい。
「目的は決まってないよ。出た先に自販機があったら後付けでそれが目的だったってことになっただろうし、先生に見つかって怒られたら、反抗が目的だったってことになった。……そして実際は、自販機より先生より先に、君に出くわした」
――つまり、私は君に会うために部屋を飛び出したってことになるね。
君の笑顔は、僕の目的地を決めるのに十分すぎた。きっと僕も、君と並んで歩くために出てきたのだ。ここがゴールだし、この後二人で歩く全部の場所がゴールだ。先生に見つかって不純となじられ、反省文を書かされるのなら、きっと二人でそうするために部屋を出たのだ。
「暗いから、手、繋がない?」
右手を差し出したのは、きっと、僕がそうするためにここにいるからだ。笑いたくなるほどちっぽけな冒険の果ての景色、その一つであるからだ。
7/11/2025, 9:19:23 AM